医療コラム
径ヘルニア(脱腸)は、腹部の中にある小腸や大腸などが太ももの付け根あたり(鼠径部)から飛び出して、こぶのようなふくらみができる病気です。ふくらみの大きさはさまざまですが、横になって休んだり、ふくらみを手で押し戻したりすると、一時的に目立たなくなるのが特徴です。ふしかし、一度ヘルニアになってしまうと、重いものを持ったり、力んだりするたびにふくらみが出てきてしまうため、根本的に治すためには手術が必要です。
鼠径ヘルニアにはいくつかの種類があり、ヘルニアに似た別の疾患もあるため、治療に当たっては正確な診断をおこない、適切な手術方法を選択することが重要です。そこで本記事では、鼠径ヘルニアの検査・診断方法や手術の必要性について詳しく解説します。
鼠径ヘルニアとは、腹腔内の小腸や大腸などの組織が、鼠径部(太ももの付け根のあたり)に飛び出してしまい、ぽっこりとふくらんでしまう良性の病気です。ふくらみの中身のほとんどが、腸の一部が飛び出したもののため、「脱腸」とも呼ばれています。
鼠径ヘルニアには大きく分けて、外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアの3つの種類があり、鼠径部のふくらみ(隆起)の大きさも、ごく小さいものから、ソフトボール大の大きなものまでさまざまです。力んだり、長時間立ったりするとふくらみは大きくなり、横になったり、ふくらみの部分を手で押し戻したりすると、ふくらみが一時的に小さくなるのが特徴です。患部に違和感や軽い痛みを感じることもあります。
本来、腹腔内の腸や脂肪組織は、腹筋と筋膜などからなる腹壁に包まれており、外に出てくることはありません。ところが腹筋が弱くなったり、腹筋のつなぎ目に弱い部分があったりすると、腹壁に穴があくことがあります。その穴を通って腹腔内の内容物が出てきてしまうのが鼠径ヘルニアなのです。
生まれつき筋膜などに穴があいていることによって、こどもの時に鼠径ヘルニアになるケースもありますが、大人になってから発症する鼠径ヘルニアは、加齢による筋力低下、肥満、長時間の立ち仕事や力仕事などがきっかけで発症します。
鼠径ヘルニアが疑われる場合は、まず視診や触診を実施して診断します。ただし、症状が不明瞭なときは、画像診断を実施することもあります。鼠径ヘルニアの検査・診断方法について詳しくみていきましょう。
鼠径ヘルニアは、基本的に医師が目でみて調べる「視診」と患部に触れて調べる「触診」で診断します。鼠径ヘルニアは、「足の付け根(太ももの付け根)が立つとぽっこりとふくらみ、寝ると戻る」という特徴があるので、視診や触診をおこなうときは、患者さんに立ってもらったり、横になってもらったり、お腹に力を入れてもらったりして、隆起の大きさや位置の変化、固さなどを確認します。
診断においては、問診から得られる情報も重要になります。患者さんの生活の中で、"長時間立っているとふくらみが大きくなる""重いものを持ったり、くしゃみをしたりすると痛みや違和感がある"などの症状がないかなどの質問をします。
視診・触診・問診などの臨床所見による鼠径ヘルニアの診断率は70~90%といわれています。
鼠径ヘルニアは、視診と触診で診断できることがほとんどですが、視診や触診で鼠径ヘルニアの典型的な症状が確認できないときや、他の病気が疑われる場合には、超音波検査やCT検査などの画像診断をおこなう場合があります。
鼠径ヘルニアに症状が似た病気には、腹腔の外側にある脂肪のかたまりが皮膚の下に飛び出してくる「精索脂肪腫」(せいさくしぼうしゅ)や、うまれつき鼠径部にできた袋状の空間に体液が溜まってふくらむ「精索水腫」(せいさくすいしゅ)、睾丸の静脈血が滞ってこぶになる「精索静脈瘤」(せいさくじょうみゃくりゅう)などがあります。若い女性特有の病気としては、胎児期に女性器を形作る過程で、鼠径部にできた袋状の空間に体液が溜まってふくらむ「ヌック管嚢胞」(ぬっくかんのうほう)などもあります。これらの病気でも、鼠径部がふくらんで一見ヘルニアのように見えますが、画像診断をおこなうことで鑑別できます。
画像診断では、手軽に実施できる超音波検査が一般的ですが、超音波検査だけでは鑑別できないケースもあり、追加でCT検査が必要になることもあります。
西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUでは、院内に高精度CT設備を導入しおり、詳しい鑑別が必要な患者さんに対しては腹臥位(ふくがい・うつ伏せの状態)でのCT検査を積極的に実施しています。患者さんにうつぶせになっていただき、鼠径部のふくらみが出た状態で撮影することで、ふくらみの大きさや内容物、周りの組織との位置関係が詳細に観察できます。国内の研究では、腹臥位のCTによる鼠径ヘルニアの診断率は98.3%と報告されており、より正確な診断につながります。
一度鼠径ヘルニアになったら、自然に治ることはないため、根治させるためには手術が必要です。しかし、全ての鼠径ヘルニアに対してただちに手術が必要かというと、必ずしもそうではなく、症状の程度や状態によっては、症状を抑えながら経過観察をすることもできます。鼠径ヘルニアの手術の必要性について、詳しくみていきましょう。
鼠径ヘルニアでは、すでに腹壁に穴があいてしまっているため、自然に治ることはありません。治療方針としては、手術で根本的に治療するのが基本です。鼠径ヘルニアに対する手術方法としては、従来は袋状に飛び出した腹壁(ヘルニア嚢)を処理し、腹壁にあいた穴を縫合する手術がおこなわれていましたが、最近では、より痛みが少なく、再発率の低い「メッシュ法」が広くおこなわれています。メッシュ法は、鼠径部の腹壁が弱くなっている部分を人工のメッシュシートで覆い、腹壁を補強することで、腹腔内の腸などの組織が出てこないようにする方法です。メッシュ法にもさまざまな方法があり、患者さんの状態に合わせて最適な方法を選択します。
ただし、症状が軽く、緊急性がないと判断できるときは、すぐに手術はおこなわず、しばらく経過観察することもあります。
鼠径ヘルニアは、嵌頓(かんとん)状態といって、腹壁にあいた穴に腸の一部が挟まり込んでしまい、手で押してもお腹の中に戻らなくなってしまうことがあります。嵌頓状態を放置していると、挟まった腸に血液が通わなくなって一部が壊死したり、腸が詰まってしまう“腸閉塞(ちょうへいそく)”などを引き起こしたりします。このようなケースでは、命に関わる病気になるおそれがあるため、ただちに緊急手術をおこなう必要があります。
嵌頓が起きていない状態であっても、痛みや違和感があったり、強い吐気を感じたりする場合や、鼠径部のふくらみの影響で射精障害や排尿障害などの自覚症状がある場合は、早めの手術が必要です。
西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUでは日帰りまたは短期入院で全身麻酔を用いて鼠径ヘルニアの手術をおこなっています。まず全身麻酔の事前準備として、血液検査、心電図検査、呼吸機能検査、胸部レントゲンなどの術前検査を実施し、循環器や呼吸器、肝臓・腎臓機能などに異常がないかを調べます。術前検査で心電図の異常などが見つかった場合は、循環器科での精査をおこなってから治療をすすめていくことになります。
西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUでは、院内に高精度CT設備を導入しているため、手術前にCT検査を実施し、鼠径ヘルニアの位置や大きさを事前に把握し、患者さんにとって最適な手術計画を立てて、手術に臨みます。
鼠径ヘルニアは良性の病気であるものの、自然に治ることはありません。ごく軽いものの場合、しばらく様子をみることもありますが、力んだり、長時間立っていたりすると症状を繰り返すため、基本的には手術が必要です。
鼠径ヘルニアの手術は、術前検査と正確な診断技術によってヘルニアの大きさや位置を見極め、状態に合った手術方法を選択することが求められます。西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUでは術前検査として高精度CTを用いた画像診断を併用し、患者さんの状態に最適な手術をご提案しています。鼠径部のふくらみや違和感などの気になる症状があるときはご相談ください。
足の付け根にときどき現れる膨らみを手で押したり横になったりすると元に戻り、痛みはあまりないが下腹部に違和感があるといった症状はありませんか。もしかすると「鼠径ヘルニア」という病気かもしれません。鼠径ヘルニア以外にも足の付け根にしこりや痛みが現れる病気は多く、治療せずに放っておくと命にかかわる可能性があります。
足の付け根「鼠径部」に現れるしこりや痛みの原因となるさまざまな病気について、さらに受診すべき診療科と受診のタイミングについて解説します。
足(太もも)の付け根のややくぼんだ部分から斜め上へと向かう線、いわゆるVライン(ビキニライン)付近とVラインからやや内側のあたりを「鼠径部(そけいぶ)」と呼びます。この部分に「鼠径管」という細い管があることからこう呼ばれています。
足の付け根にしこりや痛みが起こる原因には、鼠径部にあるリンパ節の腫れや静脈瘤、女性に特有のヌック管と呼ばれる部分に水がたまるヌック管水腫などがあります。多くは弱くなった鼠径部の組織から腹膜の一部が飛び出してしまう「鼠径ヘルニア」によるものです。
足のつけ根にしこりや痛みがある場合に考えられる代表的な病気は鼠径ヘルニアですが、鼠径ヘルニアと似ている別の病気や、血管やリンパの病気、腫瘍なども考えられます。ここでは、足の付け根にしこりや痛みがある場合に考えられる病気についてご紹介します。
鼠径ヘルニアは腸など内臓の一部が皮膚の下に飛び出して、足の付け根あたりにぽっこりとした膨らみができる病気です。
膨らみはおなかに力を入れたり、立っているときに現れ、横になったり指で押し戻したりすると引っ込んで目立たなくなります。初期には軽い痛みや不快感がある程度ですが、放っておくと飛び出した内臓が戻らなくなる「嵌頓(かんとん)」が起こり、強い痛みや内臓の壊死、腸閉塞をともなうこともあります。
大人の鼠経ヘルニアは、加齢により鼠径部の腹壁が弱くなるために起こります。この部分はもともと薄く、重いものを持ったり、いきんだりしておなかの圧力(腹圧)が高まることで、穴があいて内臓が飛び出すことが原因です。子供の鼠経ヘルニアは先天性です。
一度あいた穴が自然にふさがることはないため、手術で穴をふさぎます。手術は穴の部分をメッシュ状のシートで補強する方法が一般的です。
鼠径部にあるリンパ節が手で触れてわかるくらいの大きさに腫れる症状です。
通常は2~3ミリのリンパ節が1センチ以上に腫れます。痛みをともなうことが多いのですが、痛みがない場合もあります。
多くの場合、腫れは感染による免疫反応で起こりますが、膠原病(こうげんびょう)などの自己免疫疾患や悪性腫瘍が原因の場合もあります。リウマチなど膠原病の治療薬で腫れが起こることもあります。
感染が原因の場合は、病気が治ることで自然によくなります。腫瘍や膠原病が原因の場合は病気の治療が必要です。膠原病治療薬を使用中にリンパ節が腫れてきた場合は主治医に相談してください。
鼠径部の皮膚に下にしこりができたり、膿が溜まったりしている状態です。
鼠径部皮下腫瘍の場合、痛みはなく皮膚が丸く盛り上がるか、皮膚の下にごろごろしたしこりを感じます。鼠径部皮下膿瘍の場合は痛みがあり、熱をもって赤く腫れる場合があります。
粉瘤(ふんりゅう)や石灰化上皮腫という表皮が変形・変質してできる腫瘍や、脂肪のかたまりの脂肪腫が多く見られますが、いずれも良性の腫瘍です。膿瘍は化膿性汗腺炎などの皮膚炎が主な原因となります。
良性腫瘍の場合は手術で切除または摘出します。皮膚炎が原因の場合、軽症であれば抗菌薬による治療、重症化している場合には手術により患部を切除します。
太ももからふくらはぎの内側を流れる大きな静脈にコブのような膨らみができる下肢静脈瘤の一種です。
静脈血管がコブのように膨らんで見えるほか、足のだるさやむくみ、こむらがえりなどが起こります。進行すると出血したり潰瘍を起こしたりすることもあります。
立ち仕事や肥満、妊娠などで静脈内の圧力が高まったり、加齢で筋力が弱くなったりすることで静脈の弁がこわれ、血液が逆流することで起こります。
生活習慣の改善や弾性ストッキングの使用で進行を抑える保存療法や、静脈を切除する外科手術、レーザーや高周波で血管内を焼く血管内治療などが適用されます。
女性に特有のヌック管という鼠径部の管に水が溜まる病気です。
鼠径ヘルニアとよく似た膨らみが特徴で、痛みをともなうことがあります。鼠径ヘルニアや異所性子宮内膜症を合併している場合があります。
生まれる前の赤ちゃんには、おなかの下の方の腹膜が伸びて袋状になった管がありますが、通常は生後まもなく閉鎖します。この管が閉鎖せずに残り、中に水がたまることで起こります。
鼠径ヘルニアと同様、自然に治ることはないため手術によって患部を切除します。水腫の内容物に子宮内膜組織が混じっていることがあるため、切除した水腫を検査、診断します。
粉瘤(ふんりゅう)とは、表皮が陥没してできた空洞に皮脂や垢などが溜まったおでき状の膨らみです。脂肪腫は皮膚の下にできる脂肪のかたまりで、どちらも良性の腫瘍です。
通常、どちらも痛みはなくドーム状の膨らみがみられるだけですが、粉瘤の中心には小さな穴があり悪臭のする内容物が出てくることがあります。睾丸と体内をつなぐ精索(せいさく)に生じる「精索脂肪腫」の場合、鼠径ヘルニアと合併していることがあります。
粉瘤、脂肪腫ともに原因は不明ですが、粉瘤はケガやニキビなどから生じることがあります。
粉瘤も脂肪腫も痛みがなく、小さいものであれば経過観察となります。炎症を起こしたり、大きくなり過ぎた場合には手術で取り除きます。
足の付け根にしこりや膨らみがあって押すと引っ込む、立っている時間が長いと膨らんでくる、横になると膨らみがわからなくなる、などの症状がある場合は鼠径ヘルニアの可能性があります。痛みには個人差があり、痛みを感じない方もいます。これらの症状がある場合は外科(ヘルニア外来)または消化器外科を受診しましょう。
一方、リンパ節の腫れでも触るとしこりを感じ、ときに赤く腫れたり押すと痛んだりします。全身の発熱を伴い数日のうちに現れた症状であればウイルス性の感染症が疑われます。このような症状の場合は早めに内科を受診しましょう。また、粉瘤に細菌感染が起こると熱をもって赤く腫れ、急に大きさを増す場合があります。このような場合は皮膚科を受診してください。
痛みはあるがしこりはない、逆にしこりはあるが痛みはない、全身に倦怠感がある、どくんどくんと脈打つしこりがある、などの症状がある場合はほかの病気の可能性があります。まずはかかりつけ医に相談してみましょう。
足の付け根にしこりや痛みが起こる原因には鼠径ヘルニアやヘルニアに類似した病気、リンパ節の腫れ、血管にできたコブ、腫瘍など多くの種類があります。このうち、リンパ節の腫れによるしこりは小さいことが多く、しこりが1cm以下であれば正常な生体反応と考えられるので、発熱や痛みをともなわない場合は少し様子をみてもいいでしょう。
ただし、鼠径部にしこりが起こる病気のなかには放っておくと悪化してしまう病気も多くあり、原因を特定するためにも早めの受診をおすすめします。患部がデリケートな場所だけに受診をためらったり、膨らみがあっても押すと元に戻るから、と受診を先延ばしにしてしまう方も少なくありません。原因がわかるだけでも気持ちが楽になりますから、鼠径部に異状を感じたら、どの診療科でも構いませんので、まずはかかりつけ医の先生に相談してみましょう。
鼠径部とその周辺には動脈・静脈やリンパ節、生殖器、大腸などさまざまな臓器があり、鼠径ヘルニアをはじめ、しこりや痛みの原因となる病気が起こる可能性があります。鼠径ヘルニアのような良性の病気でも放っておくと命にかかわることがあり、リンパ節の腫れや痛みのないできものでもその背後には悪性の病気が隠れているかもしれません。
症状によって適切な診療科を受診するのが望ましいのはいうまでもありませんが、それよりも気になる症状を放置せず、どの診療科でもよいので早めに医師に相談することが大切です。
鼠径ヘルニアは、いわゆる脱腸と呼ばれ、小児や中年男性の病気として知られていますが、女性も男性に比べると少ないものの、すべての年代で発症する可能性のある病気です。
ただし、男性と女性では体のつくりが違うことから、それぞれの鼠径ヘルニアの特徴も異なります。ここでは、女性の鼠径ヘルニアについて、その特徴や似ている病気、治療法のポイントなどについて解説します。
鼠径ヘルニアの男女の割合は、5:1~10:1といわれており、男性が多いのはもちろんですが、女性も少なからず発症することがあります。男女の割合に幅があるのは、20~40歳代の若年層は、女性の比率が高い傾向であり、50代以降になると男性が圧倒的に多くなるためです。ただし、日本ヘルニア学会の報告では、2011年から2017年に鼠径ヘルニアの手術を受けた方全体で見ると、平均年齢は65歳前後で、男女の割合は、男性が約85%、女性が約15%でした。
鼠径ヘルニアは、何らかの原因で弱くなった腹壁を構成する組織のすき間にできた穴(ヘルニア門)から、腸などの内臓が腹膜ごと押し出されている状態です。女性の鼠径ヘルニアには、ヘルニア門の位置によって、鼠径部ヘルニア(外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニア)や閉鎖孔ヘルニアがあります。
(図)鼠径ヘルニアの種類
鼠径ヘルニアの種類 | 特徴 |
外鼠径ヘルニア | 鼠径管の入り口付近の筋膜が弱くなり、腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき)*に押し出される |
内鼠径ヘルニア | 鼠径部の腹壁が弱くなり、すき間から皮下へ押し出される |
大腿ヘルニア | 骨盤から下肢へ向かう血管が通る穴から大腿部の付け根に押し出される |
閉鎖孔ヘルニア | 骨盤の恥骨と坐骨からなる小さい穴から押し出される |
*腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき)
お腹の中にいる間に、女性では子宮を支える靱帯が鼠径管を通る際に腹膜が引っ張られてできる袋で、通常は出生後に閉じるが、開いたまま残ると外鼠径ヘルニアなどの原因となる。
女性は年代によって、できやすい鼠径ヘルニアに違いがあります。以下に、女性の鼠径ヘルニアの特徴を年代別に説明していきます。
20歳代から40歳代までの若年層の女性の鼠径ヘルニアは、小児の鼠径ヘルニアの再発や放置のことが多く、外鼠径ヘルニアがほとんどです。この年代では、脱出した腸や内臓が引っ込まなくなる嵌頓(かんとん)を起こすことは、ほとんどありません。若年層の女性の場合、生理周期に合わせて鼠径部のふくらみが大きくなったり、痛みなどの症状が出たりすることがあります。これは、ヘルニアの袋に腹水がたまっている場合(ヌック管水腫)や、子宮内膜症が入りこんでいる場合などがあり、鼠径ヘルニアと似た症状のため、専門医による診断が必要です。また、この年代では妊娠や出産がきっかけで発症したり、悪化したりすることがあります。
中高年層の女性では、外鼠径ヘルニアに加え、内鼠径ヘルニアも増えてきます。内鼠径ヘルニアは、鼠径管の入り口より内側の筋膜が弱くなり、すき間ができて皮膚の下に腸などの内臓が押し出されて起こります。加齢により筋膜が弱くなったり、慢性的に鼠径部に圧力がかかりやすい生活習慣などが原因のため、中高年男性にも多い鼠径ヘルニアです。
中高年層でやせ型の女性に多い鼠径ヘルニアとして、大腿ヘルニアと閉鎖孔ヘルニアがあります。それぞれの特徴は以下の通りです。
■ 大腿ヘルニア
大腿ヘルニアは、血管が骨盤の中から下肢へ向かう時に通過する場所(大腿輪:だいたいりん)から、腹膜や内臓が押し出されて起こります。女性の中でも痩せている方で、特に出産経験がある方が大腿ヘルニアになりやすいといわれています。なぜならば、女性は男性と比べて骨盤が広く、特に痩せている方は大腿輪がひろがりやすいからです。さらに出産経験のある方は、大腿輪周囲の筋肉や筋膜が弱くなり、すき間ができやすくなり、腸などが押し出されやすくなるためです。
■ 閉鎖孔ヘルニア
閉鎖孔ヘルニアは、骨盤の恥骨と坐骨からなる神経や血管が通過する小さい穴から、腹膜や内臓が押し出されて起こります。通常、閉鎖孔は脂肪で覆われていますが、やせ型の方では脂肪が薄くなり、腸などが押し出される原因となります。
大腿ヘルニアや閉鎖孔ヘルニアは、いずれもヘルニア門が小さいため、一端押し出された腸が腹膜内に戻らなくなる嵌頓(かんとん)になりやすいのが特徴です。嵌頓になると血液の流れが悪くなり、押し出された腸が壊死したり、腸閉塞を起こしたりすることもあり、緊急手術が必要となります。
女性が鼠径ヘルニアを発症する原因には、生まれつきヘルニアの袋ができている場合(先天性)と、生まれた後にヘルニアになる場合(後天性)があります。
先天性の場合、お腹の中にいる間にできる腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき:ヌック管)が開いたままになって、生まれつきヘルニアの袋ができると、腸などの内臓が押し出されて、乳児期から鼠径ヘルニアを発症する原因になります。
後天性の場合の原因は男性と共通で、生活習慣や加齢などにより腹壁全体の筋力が弱くなり、慢性的な鼠径部への圧力によって、筋膜の弱くなっているすき間から、腸などの臓器が押し出されて発症します。お腹に力を入れて踏ん張ることの多い便秘症や肥満の方、咳がひどいなどが多いようです。また、妊娠時に腹圧がかかることがきっかけになることもあります。
女性の鼠径ヘルニアは、男性と比べてふくらみは小さく、鼠径部の不快感や違和感だけの場合もあります。女性に多い大腿ヘルニアや閉鎖孔ヘルニアは、いずれもヘルニア門が小さいため嵌頓をおこしやすいにも関わらず発見しにくく、腸がはさまれて起こる腸閉塞にともなう食欲不振やお腹の張り、吐き気や嘔吐などで発見される場合もあります。
若い女性の場合、生理周期に関連して鼠径部のふくらみが大きくなることがありますが、子宮内膜症が入り込んでいることが原因のため注意が必要です。
女性の鼠径ヘルニアは、男性よりも診断が難しいといわれています。
理由は以下の通りです。
■ 一般的にふくらみの大きさが小さく、診察時にふくらみが出ていない場合もある
■ 女性の場合、後述する鼠径ヘルニアと似た症状の病気がある
■ 鼠経ヘルニアの中でも女性に多く、発見されにくい大腿ヘルニアなどがある
以上のことから鼠経ヘルニアが気になったら、まず専門医への受診がすすめられます。
女性の鼠径部にふくらみが生じ、痛みなどの症状が出る、鼠径ヘルニアに似ている病気を紹介します。
ヌック管水腫とは、出生後に閉じるはずのヌック管(腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき))の内部に腹水がたまった状態のことです。
鼠径部のふくらみが、生理の周期により大きくなったり小さくなったりすることがあり、痛みをともなうこともあります。鼠径ヘルニアとの違いとして、押しても引っ込まないことが多いようです。鼠径ヘルニアとの鑑別にはCTなどの画像診断をおこないます。Nuck管水腫に鼠径ヘルニアが合併していることもあります。生理周期による大きさや痛みの変化があれば子宮内膜症が入り込んでいる可能性があり、切除が必要です。
子宮内膜症は、子宮内膜が子宮の内腔以外の卵巣や腹膜などにでき、生理で体外に排出されることなく炎症が起きたり、周囲の組織と癒着したりして痛みを生じる病気です。鼠径部のふくらみが、生理周期と一致して大きくなったり痛みをともなったりする場合には、前述のヌック管の子宮内膜症や、子宮内膜症が鼠径ヘルニアに併存している可能性もあります。超音波検査やCTなどの画像診断をおこない、子宮内膜症があればヌック管やヘルニアごと切除します。
子宮円索静脈瘤(しきゅうえんさくじょうみゃくりゅう)は、妊娠中に子宮が大きくなり、鼠径部を通る子宮円索と呼ばれる靱帯周辺にある静脈に静脈瘤ができる病気です。
鼠径部に鼠径ヘルニアと似たふくらみができ、静脈瘤による静脈炎や血栓ができると痛みが出ることがあります。超音波検査で診断し、出産すると自然とふくらみや症状はなくなるため経過観察しますが、鼠径ヘルニアが併存している場合や血栓ができている場合には、手術などの治療が必要になることもあります。
鼠径ヘルニアは自然に治ることはないため、手術が唯一の治療法です。
手術方法は男性と基本的には同じで、鼠径ヘルニアの原因となっている、腹壁を構成する組織にあいた穴を網状のメッシュでふさぐ手術です。ヘルニア門に到達する方法には、大きく分けて2つあります。お腹に1か所の2cm程度、もしくは3カ所(腹腔鏡用・両手の鉗子用)5~10mmほどの小さい穴を開け、腹腔鏡と細い鉗子を挿入しておこなう腹腔鏡手術法と、鼠径ヘルニアのふくらみの部分を約5cmほど切開しておこなう鼠径部切開法です。女性の鼠径ヘルニアの治療には、腹腔鏡手術をおすすめします。その理由は以下の通りです。
① 腹腔内から腹膜を直接確認できる
女性は、男性と比較して大腿ヘルニアが多く(女性13%、男性1%)、他の鼠径ヘルニアとの併存も多い(5%)傾向があります。腹腔鏡手術の場合、腹腔内(TAPP法)または筋層と腹膜の間(TEP法)に挿入した腹腔鏡で、ヘルニアになりやすい部位を直接確認することができます。
② 大腿ヘルニアや併存する鼠経ヘルニアの見落としがない
女性の鼠径ヘルニアは、男性に比べて再発率が高いことがわかっていますが、他の鼠径ヘルニアの手術における大腿ヘルニアの見落としが原因として挙げられるといわれています。腹腔鏡手術(TEP法、TAPP法)では、大腿ヘルニアの部分も剥離して必ず確認するため、見落とすことがありません。
③ 大腿ヘルニアの治療に適している
大腿ヘルニアの治療に対し、鼠径部切開法のうちリヒテンシュタイン法という術式は、効果がないことがわかっています。また、他の術式の鼠径部切開法と比較しても、腹腔鏡手術は併存する他の鼠径ヘルニアの見落としによる再発が少なく、術後の異物感などの後遺症が少ない点でも優れているといわれています。
鼠径ヘルニアは、一般的に脱腸と呼ばれ、鼠径部にふくらみができる良性の病気です。中年以降の男性の病気というイメージが強いですが、女性にも少なからず発症し、若年からすべての年代で発症する可能性があります。
鼠径ヘルニアは、鼠径部の筋膜が何らかの原因で弱くなった部分に、慢性的に圧力がかかることで、筋膜のすき間から腸などの内臓が押し出されて起こり、その押し出された穴の位置によって、外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアの3種類に分けられます。
女性は骨盤から下肢へ神経や血管が通る穴から押し出される大腿ヘルニアが多いのが特徴です。女性の鼠径ヘルニアは、ふくらみが小さいことや、似た症状を呈する女性特有の病気があることなどから、診断が難しいとされています。
鼠径ヘルニアは自然治癒することがないため、ふくらみや症状を取り除き、嵌頓を予防するための手術が唯一の治療法です。女性の鼠径ヘルニアは嵌頓になりやすいため、診断と同時に手術による治療を検討する必要があります。女性の場合、女性に多い大腿ヘルニアの発見を念頭に、腹腔鏡による手術がすすめられています。
西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKUでは、鼠経ヘルニアの治療において腹腔鏡手術を中心に行っています。資格を備え、また消化器外科手術の経験を十分に積んだ専門の医師が先進的な治療環境で鼠径ヘルニア手術(腹腔鏡手術:TEP法やTAPP法)を行います。鼠経ヘルニアに関して、ご不明点やご要望などがあればお気軽にご相談ください。患者さまの状態やご希望もふまえて最適な術式をご提案いたします。
鼠径ヘルニアを発症しても、直ちに重大な事態につながるわけではありません。
しかしながら、放置すると膨らみが徐々に大きくなって治療が困難になる可能性があります。また、通常では横になったり、指で押したりすると元の位置に戻っていた膨らみが、ヘルニア門(開いた穴)に挟まれたまま戻らなくなり、嵌頓(かんとん)を引き起こすリスクがあります。鼠径ヘルニアは薬では治癒できず、放置しても自然に治ることはないため、早めの段階で専門の医療機関を受診し適切な治療をおこなう必要があります。本記事では鼠径ヘルニアを放置することのリスクや陥頓が引き起こす疾患、鼠径ヘルニアの治療法などについて詳しく解説します。
鼠径ヘルニアは腸や脂肪組織などの臓器の一部が筋膜の隙間から鼠径部の皮下に飛び出してしまう症状です。腹壁を構成する組織の一部に穴があくという構造的な原因のため、放置しても穴が自然に塞がることはありません。薬では治癒できず根本的な治療は手術になります。ヘルニアバンド(脱腸帯)で脱腸を外から圧迫して抑え込み、痛みなどの症状を緩和する方法はありますが、一時的な措置であり、治るわけではありません。
鼠径ヘルニアを放置すると、次の2つのリスクが考えられます。
鼠径ヘルニアを放置すると、膨らみが徐々に大きくなり、陰嚢(いんのう)にまで広がるケースもあります。膨らみが大きいほど手術時間が長くなる、出血が多くなるなど、治療が難しくなります。また、痛みが増したり、より違和感が強くなったりすることもあります。
鼠径ヘルニアを放置するリスクとして、特に気をつけたいのが嵌頓です。陥頓とは、腸が腹壁から脱出してヘルニア門に挟まったまま締め付けられ、元に戻らなくなる状態のことです。陥頓の発症率はそれほど高くはありませんが、突然起こるものであり予測できないため注意が必要です。
通常の鼠径ヘルニアは横になったり、指で膨らみを押したりすると元に戻ることが多いですが、嵌頓になるとはみ出た腸がヘルニア門に挟まったまま戻らなくなります。嵌頓状態になると鼠径部が硬く大きく腫れるため、強い痛みが生じます。腸管の流れが滞る腸閉塞を引き起こすと吐き気や嘔吐、腹部が膨らんで腹痛などが起こり、さらに腸の血流が悪化して腸管が壊死する絞扼性腸閉塞(こうやくせいちょうへいそく)に発展するなど重篤な状態に可能性があります。
嵌頓を放置すると腸閉塞や腸の壊死、ひいては腹膜炎を引き起こす可能性があります。鼠径ヘルニアになったからといって嵌頓を発症する可能性は高くありませんが、もし、嵌頓になった場合は命にかかわることもあるため、早期の治療が必要です。鼠径部ヘルニアの種類や大きさによっても嵌頓のリスクは異なるため、西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKUでは診察時にリスクを判断して適切なタイミングでの手術をご相談させていただきます。
腸閉塞とは腸管の何らかの原因で口から摂取した飲食物や消化液の流れが腸で滞る病気です。嵌頓になると、ヘルニア門に挟まった腸の一部が締め付けられ、腸閉塞を引き起こすことがあります。腸閉塞を発症すると腹痛や吐き気、嘔吐、お腹の張り、食欲低下などの症状が出ます。
嵌頓になって腸が締め付けられ血流が悪くなると、血流が行き届かなくなった組織が腐って壊死することがあります。壊死した組織を放置すると、細菌や有毒物質が体内を回り敗血症の原因につながります。さらに、腸管に穴があき消化液などが漏れ出ると腹膜炎を引き起こすリスクもあります。腹膜炎になると激しい腹痛や吐き気、嘔吐などが生じ、命にもかかわってきます。
鼠径ヘルニアの根本的な治療は手術になります。手術は大きく分けて腹腔鏡手術と鼠径部切開法があり、どちらも脱出したヘルニア嚢(腹膜がのびた袋状の膜)を剥離して切除、もしくは元の位置に戻す処理をした後、ヘルニア門にメッシュシート(網目状の人工膜)を置いて補強します。
腹腔鏡手術は鼠径部を切開せず、腹腔鏡で腹腔内を観察しながら、細い鉗子で手術する方法です。お腹に1か所(臍に約2cm)もしくは小さな3か所(腹腔鏡用・両手の鉗子用)の5~10mmほどの小さな穴を開けて、スコープや鉗子を挿入して手術をおこないます。メリットとして、手術時間は長いものの、術後の痛みや神経損傷、慢性的な痛みが軽く回復が早い点が挙げられます。
腹腔鏡手術には、お腹の中で鼠径ヘルニアの穴の確認から腹膜の切開・剥離、穴の閉鎖までをおこなう経腹的腹膜外修復法(TAPP)と、お腹の中に入らず、筋層と腹膜の間に腹腔鏡を挿入して手術をする完全腹膜外修復法(TEP)があります。西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKU ではおへその下に約2cmの切開を1カ所だけでおこなうTEP単孔式(SILS-TEP)を主に採用しています。腹腔鏡手術をおこなう際には、患者さまの体格や鼠径ヘルニアの状態に応じてTAPPと使い分けて最適な術式を選択しています。
鼠径部切開法は膨らんだ鼠径部の少し上を切開し、目視で鼠径ヘルニアを確認しながらおこなう手術方法です。前立腺手術の既往のある方や全身麻酔が困難な方は、局所麻酔が可能な鼠径部切開法を選択します。
鼠径部切開法にはさまざまな種類がありますが、西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKU では以下の3つの術式をおこなっています。
■ リヒテンシュタイン法
内鼠径輪を覆うように鼠径管後壁にメッシュを覆う術式。
■ ダイレクト・クーゲル法
形状記憶リングに縁どられ中央にストラップの付いた楕円形のメッシュシートで腹膜のすぐ外側を覆い鼠径部の弱い部分を補強する術式。
■ メッシュ・プラグ法
円錐形にしたメッシュをヘルニア門に挿入して補強する術式。
鼠径ヘルニアを発症しても、すぐに重大な疾患が引き起こされるわけではありません。しかし、放置すると徐々に膨らみが大きくなって治療が困難になったり、嵌頓を引き起こしたりするリスクは否定できません。
実際に嵌頓が起こる可能性は高くありませんが、発症した場合は腸閉塞や腹膜炎などの重篤な合併症を引き起こすケースがあるため手術が必要です。鼠径部の膨らみや違和感、痛みなど、鼠径ヘルニアを疑う症状に気づいたときは、自己判断せず、専門の医療機関を受診し、このまま様子を見て良いか否かを診断してもらうことをおすすめします。
鼠径ヘルニアを発症しても、初期症状であれば、横になったり、腫れを指で押さえたりすると元に戻ります。痛みもほとんどない場合があり、日常生活に影響がないからと放置しがちですが、進行すると腫れが大きくなったり、急に腫れが硬くなったりして、指で押しても引っ込まなくなる嵌頓を引き起こす可能性があります。
嵌頓は急激な痛みや嘔吐などの症状を引き起こし、重篤な合併症につながり緊急手術が必要になります。
鼠径ヘルニアは腹壁の一部の組織に穴があく病気のため自然治癒することはなく、根本的な治療は手術になります。患者さまの体格や鼠径部ヘルニアの種類、大きさによってもリスクは異なるため、鼠径ヘルニアを疑ったら、まずは専門の医療機関に相談することが大切です。
西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKUでは、鼠径ヘルニアや胆のう疾患など、外科的良性疾患に対する治療を専門的におこなっています。腹腔鏡手術を中心に体への負担をできる限り抑えた低侵襲治療で患者さまの状態に応じて、最適な手術を選択しています。消化器外科領域において、経験と資格に基づいた知識と手術手技を有し、先進的な治療を提供しています。鼠径ヘルニアのことで少しでも気になることがあれば、いつでもご相談ください。
鼠径ヘルニアとは、足の太もものつけ根にある「鼠径部」の皮膚の下に、本来はお腹の中にあるはずの腸や脂肪組織などが飛び出す、一般的に「脱腸」と呼ばれる病気です。外見的には鼠径部がぽっこりと柔らかく膨らみます。鼠径ヘルニアの症状は様々です。一部の方は痛みをほとんど感じず、膨らみを指で押すと元に戻りますが、放置して悪化すると、重篤な状態になる可能性があるため、治療するタイミングが大切です。鼠径ヘルニアは主に40歳以上の男性に多い病気ですが、若い方から80歳以上の高齢者まで、男女問わず起こる可能性があります。この記事では鼠径ヘルニアについて、主な種類や症状、原因、そしてなりやすい人の特徴や治療法について、詳しく解説します。
鼠径ヘルニアとは、足の太もものつけ根(鼠径部)の腹壁(腹膜・筋肉、皮下脂肪、皮膚で構成されているお腹の壁)が、加齢などの原因で弱まって穴が開き、そこから、お腹の臓器を覆っている腹膜と一緒に臓器(腸や脂肪組織など)の一部が、皮膚下に飛び出してしまう病気です。
「ヘルニア」とは体の組織や臓器が正しい位置からはみ出した状態のこと。つまり、鼠径ヘルニアは、「鼠径部から本来出てはいけない臓器が出ている」ということなのです。
鼠径ヘルニアの症状は様々です。一部の方は痛みを感じず、立位のときは鼠径部にぽっこりとした柔らかい膨らみが現れますが、指で押したり横になったりすると、臓器がお腹に戻って、膨らみが消失することがあります。また、引っ張られるような違和感や不快感、痛みなどの症状がある人もいます。
日常生活に支障がないからと放置する人がいますが、放置すると足のつけ根の膨らみが大きくなったり、硬くなったりすることがあります。さらに、開いた穴(ヘルニア門)に入り込んだ腸が、穴の入り口で締め付けられて、お腹の中に戻らなくなる嵌頓(かんとん)が生じるリスクがあります。嵌頓が起こると強く痛み、腸の血流が阻害されて、腸閉塞や壊死することもあるため大変危険です。
鼠径ヘルニアは、ヘルニアが発生する部位によって、主に「外鼠径ヘルニア」「内鼠径ヘルニア」「大腿ヘルニア」の3つに分類されます。
鼠径ヘルニアのなかでも最も多いのが外鼠径ヘルニアです。外鼠径ヘルニアを発症すると、鼠径部のやや外側が膨れ、鼠径管(鼠径部にあるお腹の中と外をつなぐ管)を通って、内鼠径輪(鼠径菅のお腹側の入り口)から腸などが飛び出します。内鼠径輪が広がって腸などが入り込み、陰嚢(いんのう)にまで脱出することがあります。
内鼠径ヘルニアは、鼠径三角(内鼠径輪より内側)と呼ばれる部位の筋膜が弱くなり、腸などが飛び出してくる病態で、鼠径部のやや内側が膨れます。加齢や生活習慣によって腸壁が弱くなることが原因のため、中高年の男性に多いのが特徴です。
内鼠径ヘルニアは、鼠径三角(内鼠径輪より内側)と呼ばれる部位の筋膜が弱くなり、腸などが飛び出してくる病態で、鼠径部のやや内側が膨れます。加齢や生活習慣によって腸壁が弱くなることが原因のため、中高年の男性に多いのが特徴です。
鼠径ヘルニアを発症する原因は、先天性と後天性があります。子どもの鼠径ヘルニアのほとんどが、生まれつきの先天性です。一方、大人の場合は、生まれた後の後天的な原因によって起こります。
先天性の原因は、胎児期にできた鼠径部の腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき)の残存です。腹膜鞘状突起とは、腹膜の一部が鼠径部に向かって袋状に伸びた出っ張りです。多くは生まれる前に自然に閉鎖しますが、稀に開いたまま残ることがあります。そこに、腹圧がかかるなどの要因で、お腹の中の臓器の一部が入り込むことで鼠径ヘルニアを発症することがあるのです。
後天的な原因のなかで多いのが「加齢」といわれています。加齢により腹壁が弱くなると、咳込みや排便時のいきみ、立ったり座ったりの繰り返し、重い荷物を持つなど、慢性的に腹圧がかかる動作が要因となって、鼠径ヘルニアを発症することがあります。また、体内脂肪の重量が重く、鼠径部に負担がかかりやすい肥満の人も鼠径ヘルニアになりやすいといわれています。
厚生労働省が発表している第7回NDBオープンデータによると、鼠径ヘルニアは40歳以上の男性に多く、手術を受けている人は、60歳~70歳代が多いことがわかります。また、鼠径ヘルニアは、重たい物を持ち上げる仕事や立ち仕事、便秘気味、前立腺肥大症や肥満気味、慢性的に咳をするなど、腹圧がかかることが多い人は、鼠径ヘルニアになりやすいといわれています。妊婦やスポーツ選手にも多い傾向があります。
鼠径ヘルニアは自然に治癒することはなく、治療は原則的に手術になります。鼠径ヘルニアの手術は「鼠径部切開法」と「腹腔鏡下修復術」の2種類があり、どちらにするかは、患者さまのヘルニアの状態に応じて決定します。
膨らみのある鼠径部を約5cmほど切開して、鼠径ヘルニアを確認しながら手術をおこなう方法で、飛び出した腸などをお腹の中に戻し、ヘルニア門(ヘルニアの原因となる穴部分)をメッシュと呼ばれる網目状の人工膜で塞いで補強します。ヘルニア門への到達方法やメッシュをどこに敷き補強するかで術式が異なります。鼠径部切開法の場合、必ずしも全身麻酔である必要はなく、局所麻酔を使用して手術をおこなうことができます。手術後2週間は激しい運動や重い物を持つなどの腹筋に負荷がかかる動作は控える必要があります。
腹腔鏡手術とは、お腹に1か所の2cm程度、もしくは3カ所(腹腔鏡用・両手の鉗子用)5~10mmほどの小さな穴を開けて、そこに腹腔鏡や鉗子を挿入し、炭酸ガスでお腹の壁の隙間や腹腔内を広げて、お腹の中の様子をモニターで観察しながら手術をおこなう方法です。飛び出した腸などを元の場所へ戻し、ヘルニア門をメッシュで塞ぎます。腹腔鏡手術には、腹腔鏡を筋肉と腹膜の間に挿入するTEP法と腹腔内に挿入するTAPP法があります。鼠径部切開法よりも傷が小さく痛みが少ないため、早期に社会復帰できる利点があります。手術は全身麻酔でおこない、翌日には退院できます。退院後はデスクワークであれば、1~2日で復職できますが、激しいスポーツや腹筋に負荷がかかる仕事は1〜2週間程度避けることが推奨されています。
鼠径ヘルニアは、子どもや中高年の男性がかかるイメージがありますが、男女問わず、誰もが発症する可能性がある病気です。膨らみだけで、痛みがなく日常生活に支障がないから、「放っておけば、そのうち良くなるだろう」と安易に考えるのは危険です。鼠径ヘルニアは腹壁に穴が開く病気であり、自然に穴が閉じることはなく、治療には手術が必要になります。太もものつけ根の膨らみや痛み、違和感に気づいたら、早めに鼠径ヘルニアの診察に慣れている消化器外科のある医療機関を受診することをおすすめします。
西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUは、鼠径ヘルニアや胆のう疾患など、外科的良性疾患に対する低侵襲外科治療を専門的におこなう施設です。消化器外科領域においてさまざまな経験を有する医師が先進的な治療を提供することで、患者さまの負担を可能な限り少なくする治療を目指しています。鼠径ヘルニアのことで不安なことがあれば、いつでもご相談ください。