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医療コラム

鼠径ヘルニア

2024.08.17

鼠径ヘルニアは、いわゆる脱腸と呼ばれ、小児や中年男性の病気として知られていますが、女性も男性に比べると少ないものの、すべての年代で発症する可能性のある病気です。

ただし、男性と女性では体のつくりが違うことから、それぞれの鼠径ヘルニアの特徴も異なります。ここでは、女性の鼠径ヘルニアについて、その特徴や似ている病気、治療法のポイントなどについて解説します。

1.鼠径ヘルニアになる男女の割合は?

鼠径ヘルニアの男女の割合は、5:1~10:1といわれており、男性が多いのはもちろんですが、女性も少なからず発症することがあります。男女の割合に幅があるのは、20~40歳代の若年層は、女性の比率が高い傾向であり、50代以降になると男性が圧倒的に多くなるためです。ただし、日本ヘルニア学会の報告では、2011年から2017年に鼠径ヘルニアの手術を受けた方全体で見ると、平均年齢は65歳前後で、男女の割合は、男性が約85%、女性が約15%でした。

2.女性の鼠径ヘルニアの特徴

鼠径ヘルニアは、何らかの原因で弱くなった腹壁を構成する組織のすき間にできた穴(ヘルニア門)から、腸などの内臓が腹膜ごと押し出されている状態です。女性の鼠径ヘルニアには、ヘルニア門の位置によって、鼠径部ヘルニア(外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニア)や閉鎖孔ヘルニアがあります。


(図)鼠径ヘルニアの種類

■  鼠径ヘルニアの種類と特徴

鼠径ヘルニアの種類特徴
外鼠径ヘルニア鼠径管の入り口付近の筋膜が弱くなり、腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき)*に押し出される
内鼠径ヘルニア鼠径部の腹壁が弱くなり、すき間から皮下へ押し出される
大腿ヘルニア骨盤から下肢へ向かう血管が通る穴から大腿部の付け根に押し出される
閉鎖孔ヘルニア骨盤の恥骨と坐骨からなる小さい穴から押し出される

*腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき)
お腹の中にいる間に、女性では子宮を支える靱帯が鼠径管を通る際に腹膜が引っ張られてできる袋で、通常は出生後に閉じるが、開いたまま残ると外鼠径ヘルニアなどの原因となる。

女性は年代によって、できやすい鼠径ヘルニアに違いがあります。以下に、女性の鼠径ヘルニアの特徴を年代別に説明していきます。

2.1.若年層に多いのが「外鼠径ヘルニア」

20歳代から40歳代までの若年層の女性の鼠径ヘルニアは、小児の鼠径ヘルニアの再発や放置のことが多く、外鼠径ヘルニアがほとんどです。この年代では、脱出した腸や内臓が引っ込まなくなる嵌頓(かんとん)を起こすことは、ほとんどありません。若年層の女性の場合、生理周期に合わせて鼠径部のふくらみが大きくなったり、痛みなどの症状が出たりすることがあります。これは、ヘルニアの袋に腹水がたまっている場合(ヌック管水腫)や、子宮内膜症が入りこんでいる場合などがあり、鼠径ヘルニアと似た症状のため、専門医による診断が必要です。また、この年代では妊娠や出産がきっかけで発症したり、悪化したりすることがあります。

2.2.中高年層に多いのが「内鼠径ヘルニア」

中高年層の女性では、外鼠径ヘルニアに加え、内鼠径ヘルニアも増えてきます。内鼠径ヘルニアは、鼠径管の入り口より内側の筋膜が弱くなり、すき間ができて皮膚の下に腸などの内臓が押し出されて起こります。加齢により筋膜が弱くなったり、慢性的に鼠径部に圧力がかかりやすい生活習慣などが原因のため、中高年男性にも多い鼠径ヘルニアです。

2.3.やせ型の中高年層に多いのが「大腿ヘルニア」や「閉鎖孔ヘルニア」

中高年層でやせ型の女性に多い鼠径ヘルニアとして、大腿ヘルニアと閉鎖孔ヘルニアがあります。それぞれの特徴は以下の通りです。

■ 大腿ヘルニア
大腿ヘルニアは、血管が骨盤の中から下肢へ向かう時に通過する場所(大腿輪:だいたいりん)から、腹膜や内臓が押し出されて起こります。女性の中でも痩せている方で、特に出産経験がある方が大腿ヘルニアになりやすいといわれています。なぜならば、女性は男性と比べて骨盤が広く、特に痩せている方は大腿輪がひろがりやすいからです。さらに出産経験のある方は、大腿輪周囲の筋肉や筋膜が弱くなり、すき間ができやすくなり、腸などが押し出されやすくなるためです。

■ 閉鎖孔ヘルニア
閉鎖孔ヘルニアは、骨盤の恥骨と坐骨からなる神経や血管が通過する小さい穴から、腹膜や内臓が押し出されて起こります。通常、閉鎖孔は脂肪で覆われていますが、やせ型の方では脂肪が薄くなり、腸などが押し出される原因となります。



大腿ヘルニアや閉鎖孔ヘルニアは、いずれもヘルニア門が小さいため、一端押し出された腸が腹膜内に戻らなくなる嵌頓(かんとん)になりやすいのが特徴です。嵌頓になると血液の流れが悪くなり、押し出された腸が壊死したり、腸閉塞を起こしたりすることもあり、緊急手術が必要となります。

3.女性が鼠径ヘルニアになる原因

女性が鼠径ヘルニアを発症する原因には、生まれつきヘルニアの袋ができている場合(先天性)と、生まれた後にヘルニアになる場合(後天性)があります。

先天性の場合、お腹の中にいる間にできる腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき:ヌック管)が開いたままになって、生まれつきヘルニアの袋ができると、腸などの内臓が押し出されて、乳児期から鼠径ヘルニアを発症する原因になります。

後天性の場合の原因は男性と共通で、生活習慣や加齢などにより腹壁全体の筋力が弱くなり、慢性的な鼠径部への圧力によって、筋膜の弱くなっているすき間から、腸などの臓器が押し出されて発症します。お腹に力を入れて踏ん張ることの多い便秘症や肥満の方、咳がひどいなどが多いようです。また、妊娠時に腹圧がかかることがきっかけになることもあります。

4.女性の鼠径ヘルニアの症状

女性の鼠径ヘルニアは、男性と比べてふくらみは小さく、鼠径部の不快感や違和感だけの場合もあります。女性に多い大腿ヘルニアや閉鎖孔ヘルニアは、いずれもヘルニア門が小さいため嵌頓をおこしやすいにも関わらず発見しにくく、腸がはさまれて起こる腸閉塞にともなう食欲不振やお腹の張り、吐き気や嘔吐などで発見される場合もあります。

若い女性の場合、生理周期に関連して鼠径部のふくらみが大きくなることがありますが、子宮内膜症が入り込んでいることが原因のため注意が必要です。

5.女性の鼠径ヘルニアの診断は難しい?

女性の鼠径ヘルニアは、男性よりも診断が難しいといわれています。
理由は以下の通りです。


■ 一般的にふくらみの大きさが小さく、診察時にふくらみが出ていない場合もある
■ 女性の場合、後述する鼠径ヘルニアと似た症状の病気がある
■ 鼠経ヘルニアの中でも女性に多く、発見されにくい大腿ヘルニアなどがある



以上のことから鼠経ヘルニアが気になったら、まず専門医への受診がすすめられます。

6.鼠径ヘルニアに似ている病気

女性の鼠径部にふくらみが生じ、痛みなどの症状が出る、鼠径ヘルニアに似ている病気を紹介します。

6.1.ヌック(Nuck)管水腫

ヌック管水腫とは、出生後に閉じるはずのヌック管(腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき))の内部に腹水がたまった状態のことです。

鼠径部のふくらみが、生理の周期により大きくなったり小さくなったりすることがあり、痛みをともなうこともあります。鼠径ヘルニアとの違いとして、押しても引っ込まないことが多いようです。鼠径ヘルニアとの鑑別にはCTなどの画像診断をおこないます。Nuck管水腫に鼠径ヘルニアが合併していることもあります。生理周期による大きさや痛みの変化があれば子宮内膜症が入り込んでいる可能性があり、切除が必要です。

6.2.子宮内膜症

子宮内膜症は、子宮内膜が子宮の内腔以外の卵巣や腹膜などにでき、生理で体外に排出されることなく炎症が起きたり、周囲の組織と癒着したりして痛みを生じる病気です。鼠径部のふくらみが、生理周期と一致して大きくなったり痛みをともなったりする場合には、前述のヌック管の子宮内膜症や、子宮内膜症が鼠径ヘルニアに併存している可能性もあります。超音波検査やCTなどの画像診断をおこない、子宮内膜症があればヌック管やヘルニアごと切除します。

6.3.子宮円索静脈瘤

子宮円索静脈瘤(しきゅうえんさくじょうみゃくりゅう)は、妊娠中に子宮が大きくなり、鼠径部を通る子宮円索と呼ばれる靱帯周辺にある静脈に静脈瘤ができる病気です。

鼠径部に鼠径ヘルニアと似たふくらみができ、静脈瘤による静脈炎や血栓ができると痛みが出ることがあります。超音波検査で診断し、出産すると自然とふくらみや症状はなくなるため経過観察しますが、鼠径ヘルニアが併存している場合や血栓ができている場合には、手術などの治療が必要になることもあります。

7.女性の鼠径ヘルニアの治療法

鼠径ヘルニアは自然に治ることはないため、手術が唯一の治療法です。

手術方法は男性と基本的には同じで、鼠径ヘルニアの原因となっている、腹壁を構成する組織にあいた穴を網状のメッシュでふさぐ手術です。ヘルニア門に到達する方法には、大きく分けて2つあります。お腹に1か所の2cm程度、もしくは3カ所(腹腔鏡用・両手の鉗子用)5~10mmほどの小さい穴を開け、腹腔鏡と細い鉗子を挿入しておこなう腹腔鏡手術法と、鼠径ヘルニアのふくらみの部分を約5cmほど切開しておこなう鼠径部切開法です。女性の鼠径ヘルニアの治療には、腹腔鏡手術をおすすめします。その理由は以下の通りです。


① 腹腔内から腹膜を直接確認できる
女性は、男性と比較して大腿ヘルニアが多く(女性13%、男性1%)、他の鼠径ヘルニアとの併存も多い(5%)傾向があります。腹腔鏡手術の場合、腹腔内(TAPP法)または筋層と腹膜の間(TEP法)に挿入した腹腔鏡で、ヘルニアになりやすい部位を直接確認することができます。

② 大腿ヘルニアや併存する鼠経ヘルニアの見落としがない
女性の鼠径ヘルニアは、男性に比べて再発率が高いことがわかっていますが、他の鼠径ヘルニアの手術における大腿ヘルニアの見落としが原因として挙げられるといわれています。腹腔鏡手術(TEP法、TAPP法)では、大腿ヘルニアの部分も剥離して必ず確認するため、見落とすことがありません。

③ 大腿ヘルニアの治療に適している
大腿ヘルニアの治療に対し、鼠径部切開法のうちリヒテンシュタイン法という術式は、効果がないことがわかっています。また、他の術式の鼠径部切開法と比較しても、腹腔鏡手術は併存する他の鼠径ヘルニアの見落としによる再発が少なく、術後の異物感などの後遺症が少ない点でも優れているといわれています。

8.まとめ

鼠径ヘルニアは、一般的に脱腸と呼ばれ、鼠径部にふくらみができる良性の病気です。中年以降の男性の病気というイメージが強いですが、女性にも少なからず発症し、若年からすべての年代で発症する可能性があります。

鼠径ヘルニアは、鼠径部の筋膜が何らかの原因で弱くなった部分に、慢性的に圧力がかかることで、筋膜のすき間から腸などの内臓が押し出されて起こり、その押し出された穴の位置によって、外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアの3種類に分けられます。

女性は骨盤から下肢へ神経や血管が通る穴から押し出される大腿ヘルニアが多いのが特徴です。女性の鼠径ヘルニアは、ふくらみが小さいことや、似た症状を呈する女性特有の病気があることなどから、診断が難しいとされています。

鼠径ヘルニアは自然治癒することがないため、ふくらみや症状を取り除き、嵌頓を予防するための手術が唯一の治療法です。女性の鼠径ヘルニアは嵌頓になりやすいため、診断と同時に手術による治療を検討する必要があります。女性の場合、女性に多い大腿ヘルニアの発見を念頭に、腹腔鏡による手術がすすめられています。

西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKUでは、鼠経ヘルニアの治療において腹腔鏡手術を中心に行っています。資格を備え、また消化器外科手術の経験を十分に積んだ専門の医師が先進的な治療環境で鼠径ヘルニア手術(腹腔鏡手術:TEP法やTAPP法)を行います。鼠経ヘルニアに関して、ご不明点やご要望などがあればお気軽にご相談ください。患者さまの状態やご希望もふまえて最適な術式をご提案いたします。

2024.08.10

鼠径ヘルニアを発症しても、直ちに重大な事態につながるわけではありません。

しかしながら、放置すると膨らみが徐々に大きくなって治療が困難になる可能性があります。また、通常では横になったり、指で押したりすると元の位置に戻っていた膨らみが、ヘルニア門(開いた穴)に挟まれたまま戻らなくなり、陥頓(かんとん)を引き起こすリスクがあります。鼠径ヘルニアは薬では治癒できず、放置しても自然に治ることはないため、早めの段階で専門の医療機関を受診し適切な治療をおこなう必要があります。本記事では鼠径ヘルニアを放置することのリスクや陥頓が引き起こす疾患、鼠径ヘルニアの治療法などについて詳しく解説します。

1. 鼠径ヘルニアは放置しても治らない

鼠径ヘルニアは腸や脂肪組織などの臓器の一部が筋膜の隙間から鼠径部の皮下に飛び出してしまう症状です。腹壁を構成する組織の一部に穴があくという構造的な原因のため、放置しても穴が自然に塞がることはありません。薬では治癒できず根本的な治療は手術になります。ヘルニアバンド(脱腸帯)で脱腸を外から圧迫して抑え込み、痛みなどの症状を緩和する方法はありますが、一時的な措置であり、治るわけではありません。

2. 鼠径ヘルニアを放置するリスク

鼠径ヘルニアを放置すると、次の2つのリスクが考えられます。

■ 膨らみが大きくなる

鼠径ヘルニアを放置すると、膨らみが徐々に大きくなり、陰嚢(いんのう)にまで広がるケースもあります。膨らみが大きいほど手術時間が長くなる、出血が多くなるなど、治療が難しくなります。また、痛みが増したり、より違和感が強くなったりすることもあります。

■ 陥頓(かんとん)状態になる

鼠径ヘルニアを放置するリスクとして、特に気をつけたいのが嵌頓です。陥頓とは、腸が腹壁から脱出してヘルニア門に挟まったまま締め付けられ、元に戻らなくなる状態のことです。陥頓の発症率はそれほど高くはありませんが、突然起こるものであり予測できないため注意が必要です。

3. 陥頓(かんとん)の主な症状

通常の鼠径ヘルニアは横になったり、指で膨らみを押したりすると元に戻ることが多いですが、陥頓になるとはみ出た腸がヘルニア門に挟まったまま戻らなくなります。嵌頓状態になると鼠径部が硬く大きく腫れるため、強い痛みが生じます。腸管の流れが滞る腸閉塞を引き起こすと吐き気や嘔吐、腹部が膨らんで腹痛などが起こり、さらに腸の血流が悪化して腸管が壊死する絞扼性腸閉塞(こうやくせいちょうへいそく)に発展するなど重篤な状態に可能性があります。

4. 陥頓(かんとん)が引き起こす疾患

陥頓を放置すると腸閉塞や腸の壊死、ひいては腹膜炎を引き起こす可能性があります。鼠径ヘルニアになったからといって陥頓を発症する可能性は高くありませんが、もし、陥頓になった場合は命にかかわることもあるため、早期の治療が必要です。鼠径部ヘルニアの種類や大きさによっても嵌頓のリスクは異なるため、西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKUでは診察時にリスクを判断して適切なタイミングでの手術をご相談させていただきます。

4.1. 腸閉塞

腸閉塞とは腸管の何らかの原因で口から摂取した飲食物や消化液の流れが腸で滞る病気です。陥頓になると、ヘルニア門に挟まった腸の一部が締め付けられ、腸閉塞を引き起こすことがあります。腸閉塞を発症すると腹痛や吐き気、嘔吐、お腹の張り、食欲低下などの症状が出ます。

4.2. 腸の壊死・腹膜炎

陥頓になって腸が締め付けられ血流が悪くなると、血流が行き届かなくなった組織が腐って壊死することがあります。壊死した組織を放置すると、細菌や有毒物質が体内を回り敗血症の原因につながります。さらに、腸管に穴があき消化液などが漏れ出ると腹膜炎を引き起こすリスクもあります。腹膜炎になると激しい腹痛や吐き気、嘔吐などが生じ、命にもかかわってきます。

5. 鼠径ヘルニアの治療について

鼠径ヘルニアの根本的な治療は手術になります。手術は大きく分けて腹腔鏡手術と鼠径部切開法があり、どちらも脱出したヘルニア嚢(腹膜がのびた袋状の膜)を剥離して切除、もしくは元の位置に戻す処理をした後、ヘルニア門にメッシュシート(網目状の人工膜)を置いて補強します。

腹腔鏡手術

腹腔鏡手術は鼠径部を切開せず、腹腔鏡で腹腔内を観察しながら、細い鉗子で手術する方法です。お腹に1か所(臍に約2cm)もしくは小さな3か所(腹腔鏡用・両手の鉗子用)の5~10mmほどの小さな穴を開けて、スコープや鉗子を挿入して手術をおこないます。メリットとして、手術時間は長いものの、術後の痛みや神経損傷、慢性的な痛みが軽く回復が早い点が挙げられます。

腹腔鏡手術には、お腹の中で鼠径ヘルニアの穴の確認から腹膜の切開・剥離、穴の閉鎖までをおこなう経腹的腹膜外修復法(TAPP)と、お腹の中に入らず、筋層と腹膜の間に腹腔鏡を挿入して手術をする完全腹膜外修復法(TEP)があります。西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKU ではおへその下に約2cmの切開を1カ所だけでおこなうTEP単孔式(SILS-TEP)を主に採用しています。腹腔鏡手術をおこなう際には、患者さまの体格や鼠径ヘルニアの状態に応じてTAPPと使い分けて最適な術式を選択しています。

鼠径部切開法

鼠径部切開法は膨らんだ鼠径部の少し上を切開し、目視で鼠径ヘルニアを確認しながらおこなう手術方法です。前立腺手術の既往のある方や全身麻酔が困難な方は、局所麻酔が可能な鼠径部切開法を選択します。

鼠径部切開法にはさまざまな種類がありますが、西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKU では以下の3つの術式をおこなっています。


■ リヒテンシュタイン法
内鼠径輪を覆うように鼠径管後壁にメッシュを覆う術式。
■ ダイレクト・クーゲル法
形状記憶リングに縁どられ中央にストラップの付いた楕円形のメッシュシートで腹膜のすぐ外側を覆い鼠径部の弱い部分を補強する術式。
■ メッシュ・プラグ法
円錐形にしたメッシュをヘルニア門に挿入して補強する術式。

6. 鼠径ヘルニアは放置せずに早めの治療を

鼠径ヘルニアを発症しても、すぐに重大な疾患が引き起こされるわけではありません。しかし、放置すると徐々に膨らみが大きくなって治療が困難になったり、陥頓を引き起こしたりするリスクは否定できません。

実際に陥頓が起こる可能性は高くありませんが、発症した場合は腸閉塞や腹膜炎などの重篤な合併症を引き起こすケースがあるため手術が必要です。鼠径部の膨らみや違和感、痛みなど、鼠径ヘルニアを疑う症状に気づいたときは、自己判断せず、専門の医療機関を受診し、このまま様子を見て良いか否かを診断してもらうことをおすすめします。

7. まとめ

鼠径ヘルニアを発症しても、初期症状であれば、横になったり、腫れを指で押さえたりすると元に戻ります。痛みもほとんどない場合があり、日常生活に影響がないからと放置しがちですが、進行すると腫れが大きくなったり、急に腫れが硬くなったりして、指で押しても引っ込まなくなる陥頓を引き起こす可能性があります。

陥頓は急激な痛みや嘔吐などの症状を引き起こし、重篤な合併症につながり緊急手術が必要になります。

鼠径ヘルニアは腹壁の一部の組織に穴があく病気のため自然治癒することはなく、根本的な治療は手術になります。患者さまの体格や鼠径部ヘルニアの種類、大きさによってもリスクは異なるため、鼠径ヘルニアを疑ったら、まずは専門の医療機関に相談することが大切です。

西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKUでは、鼠径ヘルニアや胆のう疾患など、外科的良性疾患に対する治療を専門的におこなっています。腹腔鏡手術を中心に体への負担をできる限り抑えた低侵襲治療で患者さまの状態に応じて、最適な手術を選択しています。消化器外科領域において、経験と資格に基づいた知識と手術手技を有し、先進的な治療を提供しています。鼠径ヘルニアのことで少しでも気になることがあれば、いつでもご相談ください。

2024.06.08

鼠径ヘルニアとは、足の太もものつけ根にある「鼠径部」の皮膚の下に、本来はお腹の中にあるはずの腸や脂肪組織などが飛び出す、一般的に「脱腸」と呼ばれる病気です。外見的には鼠径部がぽっこりと柔らかく膨らみます。鼠径ヘルニアの症状は様々です。一部の方は痛みをほとんど感じず、膨らみを指で押すと元に戻りますが、放置して悪化すると、重篤な状態になる可能性があるため、治療するタイミングが大切です。鼠径ヘルニアは主に40歳以上の男性に多い病気ですが、若い方から80歳以上の高齢者まで、男女問わず起こる可能性があります。この記事では鼠径ヘルニアについて、主な種類や症状、原因、そしてなりやすい人の特徴や治療法について、詳しく解説します。

1. 鼠径ヘルニアとは

鼠径ヘルニアとは、足の太もものつけ根(鼠径部)の腹壁(腹膜・筋肉、皮下脂肪、皮膚で構成されているお腹の壁)が、加齢などの原因で弱まって穴が開き、そこから、お腹の臓器を覆っている腹膜と一緒に臓器(腸や脂肪組織など)の一部が、皮膚下に飛び出してしまう病気です。
「ヘルニア」とは体の組織や臓器が正しい位置からはみ出した状態のこと。つまり、鼠径ヘルニアは、「鼠径部から本来出てはいけない臓器が出ている」ということなのです。

1.1.鼠径ヘルニアの種類と主な症状

鼠径ヘルニアの症状は様々です。一部の方は痛みを感じず、立位のときは鼠径部にぽっこりとした柔らかい膨らみが現れますが、指で押したり横になったりすると、臓器がお腹に戻って、膨らみが消失することがあります。また、引っ張られるような違和感や不快感、痛みなどの症状がある人もいます。
日常生活に支障がないからと放置する人がいますが、放置すると足のつけ根の膨らみが大きくなったり、硬くなったりすることがあります。さらに、開いた穴(ヘルニア門)に入り込んだ腸が、穴の入り口で締め付けられて、お腹の中に戻らなくなる陥頓(かんとん)が生じるリスクがあります。陥頓が起こると強く痛み、腸の血流が阻害されて、腸閉塞や壊死することもあるため大変危険です。
鼠径ヘルニアは、ヘルニアが発生する部位によって、主に「外鼠径ヘルニア」「内鼠径ヘルニア」「大腿ヘルニア」の3つに分類されます。

1.1.1. 外鼠径ヘルニア

鼠径ヘルニアのなかでも最も多いのが外鼠径ヘルニアです。外鼠径ヘルニアを発症すると、鼠径部のやや外側が膨れ、鼠径管(鼠径部にあるお腹の中と外をつなぐ管)を通って、内鼠径輪(鼠径菅のお腹側の入り口)から腸などが飛び出します。内鼠径輪が広がって腸などが入り込み、陰嚢(いんのう)にまで脱出することがあります。

1.1.2. 内鼠径ヘルニア

内鼠径ヘルニアは、鼠径三角(内鼠径輪より内側)と呼ばれる部位の筋膜が弱くなり、腸などが飛び出してくる病態で、鼠径部のやや内側が膨れます。加齢や生活習慣によって腸壁が弱くなることが原因のため、中高年の男性に多いのが特徴です。

1.1.3 大腿ヘルニア

内鼠径ヘルニアは、鼠径三角(内鼠径輪より内側)と呼ばれる部位の筋膜が弱くなり、腸などが飛び出してくる病態で、鼠径部のやや内側が膨れます。加齢や生活習慣によって腸壁が弱くなることが原因のため、中高年の男性に多いのが特徴です。

2.鼠径ヘルニアの原因とは?

鼠径ヘルニアを発症する原因は、先天性と後天性があります。子どもの鼠径ヘルニアのほとんどが、生まれつきの先天性です。一方、大人の場合は、生まれた後の後天的な原因によって起こります。


2.1.先天性(生まれつき)

先天性の原因は、胎児期にできた鼠径部の腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき)の残存です。腹膜鞘状突起とは、腹膜の一部が鼠径部に向かって袋状に伸びた出っ張りです。多くは生まれる前に自然に閉鎖しますが、稀に開いたまま残ることがあります。そこに、腹圧がかかるなどの要因で、お腹の中の臓器の一部が入り込むことで鼠径ヘルニアを発症することがあるのです。

2.2. 後天性

後天的な原因のなかで多いのが「加齢」といわれています。加齢により腹壁が弱くなると、咳込みや排便時のいきみ、立ったり座ったりの繰り返し、重い荷物を持つなど、慢性的に腹圧がかかる動作が要因となって、鼠径ヘルニアを発症することがあります。また、体内脂肪の重量が重く、鼠径部に負担がかかりやすい肥満の人も鼠径ヘルニアになりやすいといわれています。

3. 鼠径ヘルニアになりやすい人の特徴とは?

厚生労働省が発表している第7回NDBオープンデータによると、鼠径ヘルニアは40歳以上の男性に多く、手術を受けている人は、60歳~70歳代が多いことがわかります。また、鼠径ヘルニアは、重たい物を持ち上げる仕事や立ち仕事、便秘気味、前立腺肥大症や肥満気味、慢性的に咳をするなど、腹圧がかかることが多い人は、鼠径ヘルニアになりやすいといわれています。妊婦やスポーツ選手にも多い傾向があります。

4.鼠径ヘルニアの治療方法

鼠径ヘルニアは自然に治癒することはなく、治療は原則的に手術になります。鼠径ヘルニアの手術は「鼠径部切開法」と「腹腔鏡下修復術」の2種類があり、どちらにするかは、患者さまのヘルニアの状態に応じて決定します。

4.1. 鼠径部切開法

膨らみのある鼠径部を約5cmほど切開して、鼠径ヘルニアを確認しながら手術をおこなう方法で、飛び出した腸などをお腹の中に戻し、ヘルニア門(ヘルニアの原因となる穴部分)をメッシュと呼ばれる網目状の人工膜で塞いで補強します。ヘルニア門への到達方法やメッシュをどこに敷き補強するかで術式が異なります。鼠径部切開法の場合、必ずしも全身麻酔である必要はなく、局所麻酔を使用して手術をおこなうことができます。手術後2週間は激しい運動や重い物を持つなどの腹筋に負荷がかかる動作は控える必要があります。

4.2.腹腔鏡手術

腹腔鏡手術とは、お腹に1か所の2cm程度、もしくは3カ所(腹腔鏡用・両手の鉗子用)5~10mmほどの小さな穴を開けて、そこに腹腔鏡や鉗子を挿入し、炭酸ガスでお腹の壁の隙間や腹腔内を広げて、お腹の中の様子をモニターで観察しながら手術をおこなう方法です。飛び出した腸などを元の場所へ戻し、ヘルニア門をメッシュで塞ぎます。腹腔鏡手術には、腹腔鏡を筋肉と腹膜の間に挿入するTEP法と腹腔内に挿入するTAPP法があります。鼠径部切開法よりも傷が小さく痛みが少ないため、早期に社会復帰できる利点があります。手術は全身麻酔でおこない、翌日には退院できます。退院後はデスクワークであれば、1~2日で復職できますが、激しいスポーツや腹筋に負荷がかかる仕事は1〜2週間程度避けることが推奨されています。

5.まとめ

鼠径ヘルニアは、子どもや中高年の男性がかかるイメージがありますが、男女問わず、誰もが発症する可能性がある病気です。膨らみだけで、痛みがなく日常生活に支障がないから、「放っておけば、そのうち良くなるだろう」と安易に考えるのは危険です。鼠径ヘルニアは腹壁に穴が開く病気であり、自然に穴が閉じることはなく、治療には手術が必要になります。太もものつけ根の膨らみや痛み、違和感に気づいたら、早めに鼠径ヘルニアの診察に慣れている消化器外科のある医療機関を受診することをおすすめします。

西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUは、鼠径ヘルニアや胆のう疾患など、外科的良性疾患に対する低侵襲外科治療を専門的におこなう施設です。消化器外科領域においてさまざまな経験を有する医師が先進的な治療を提供することで、患者さまの負担を可能な限り少なくする治療を目指しています。鼠径ヘルニアのことで不安なことがあれば、いつでもご相談ください。

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