鼠径(そけい)ヘルニアとは、脚の付け根にぽっこりとしたふくらみができ、そのなかに皮下脂肪や腸など臓器の一部が飛び出してしまう病気です。あまり耳なじみのない病名かもしれませんが、生涯のうちで男性がこの病気で手術を受ける割合は27~42.5%にものぼるといわれています。また、鼠径ヘルニアは発生する場所がデリケートゾーンのため、受診をためらう方も少なくありませんが、放置すると重症化する恐れがあり、早期の発見と治療が重要な病気でもあります。
ここでは鼠径ヘルニアという病気の概要、どんな痛みや症状があり、どんな症状の際に病院に行かなければならないのかをわかりやすく解説します。
両脚の付け根の部分を「鼠径部」といいますが、この部分の皮膚の下にある筋膜が弱くなって、おなかの中にある腹膜や腸の一部が袋状に飛び出してくることがあります。これが鼠径ヘルニアという病気で、俗に「脱腸」とも呼ばれます。
鼠径ヘルニアの直接の原因はおなかの筋膜が弱くなることと腹圧が高まることにあります。そのため、以下のような方は鼠径ヘルニアになるリスクが高いと考えられます。
「ヘルニア」とは内臓などの一部が、本来あるべき場所から飛び出した状態を指しており、鼠径ヘルニアとは腸など臓器の一部が鼠径部に飛び出してしまう病気を意味しています。
鼠径ヘルニアの症状が軽いうちは痛みを感じることは少なく、鼠径部に飛び出した袋状のふくらみやしこりが主な症状です。ふくらんだヘルニア部分は押し戻したり、体を横にしたりすると引っ込みますが、いきんだり、長時間立っていたりすると、再び飛び出てきます。
ヘルニアが生じることで皮膚や組織が引っ張られるため、違和感や不快感、おなかの張りなどの症状が起こることがあります。ヘルニアの袋のなかに大腸が飛び出している場合には、便の通りが悪くなるために便秘が起こることがあります。また膀胱の一部が飛び出しているときは排尿障害が起こることもあります。
飛び出した腸の一部が周囲の筋肉に締めつけられると、血流障害を起こして、強い痛みとともに便秘や嘔吐など腸閉塞の症状を引き起こすこともあります。
鼠径ヘルニアの痛みは、初期段階では軽い違和感や引きつるような痛みとして現れます。立っているときやお腹に力を入れたときに、鼠径部に柔らかい腫れが感じられ、指で押すと一時的に引っ込むことがあります。しかし、時間が経つにつれて腫れが硬くなり、元に戻らなくなることがあります。この段階では、痛みは通常軽度ですが、進行するにつれて強くなり、特に長時間立っているときや重い物を持ったときに痛みが増す傾向があります。具体的には、歩行時にチクチクしたり、皮膚が突っ張ったりするような感覚をともなうこともあります。さらに重度になると「人生で経験したことがないほどの激痛」と表現されることもあり、このような痛みは日常生活に大きな影響を及ぼします。
ヘルニアの袋は筋肉にあいた穴やすき間から飛び出していることが多く、飛び出た腸の一部が筋肉に挟まれて元に戻らなくなることがあります。この状態を「嵌頓(かんとん)」といい、筋肉と筋肉のあいだにヘルニアの部分が「はまり込んだ」状態で、経験したことがないほどの強い痛みを感じることがあります。
嵌頓状態のヘルニアは、専門用語で「急性非還納性ヘルニア(きゅうせいひかんのうせいヘルニア)」といい、急に起こって元通りに納まらなくなったヘルニアを意味します。さらに、飛び出した腸が筋肉に締めつけられて血流障害を起こした「絞扼性ヘルニア(こうやくせいヘルニア)」という状態になると、腸に壊死が起こる可能性があります。ただちに医療機関を受診しましょう。
鼠径ヘルニアによる痛みを和らげる方法の一つとして、痛み止めの使用が一般的に考えられるかもしれません。しかし、ヘルニアには市販の痛み止めはあまり効かないことが多いようです。仮に痛み止めで一時的に痛みを低減できたとしても、それはあくまで対処療法であり、ヘルニアの進行や重篤化するリスクを低減するものではありません。
一般的に初期の鼠径ヘルニアで痛みを感じることはほとんどなく、引きつるよう痛みや針で刺すような局所的な痛みの場合、体を横にしたり、手で押し戻したりして、ヘルニアを引っ込めると痛みは楽になることがあります。
ただし、痛みの原因が嵌頓によるものなら、飛び出た腸への血流が妨げられて虚血状態になっているか、もっと悪い場合は腸が壊死していることも考えられます。このような状態になっては痛み止めも効果はありません。すぐに手術が必要です。
鼠径部に痛み止めを使用したくなるほどの強い痛みを感じたら、根本的な解決のためにも、すぐに医療機関を受診して診断を受けてください。
鼠径部にふくらみやしこり、痛みや違和感が起こる代表的な病気は鼠径ヘルニアですが、以下のような別の病気や症状の可能性もあります。
<鼠径ヘルニアと似た症状や病気の例>
・鼠径部リンパ節腫大(そけいぶリンパせつしゅだい)
鼠径部にある通常2~3ミリのリンパ節が感染などで1センチ以上に腫れる症状
・鼠径部皮下腫瘍(そけいぶひかしゅよう)、鼠径部皮下膿瘍(そけいぶひかのうよう)
鼠径部の皮膚の下にしこりが生じたり、膿がたまったりしている状態
・大伏在静脈瘤(だいふくざいじょうみゃくりゅう)
下肢静脈瘤の1種で、脚の内側にある静脈にコブのような膨らみができる病気
・ヌック管水腫(ヌックかんすいしゅ)
女性に特有のヌック管という鼠径部の管に水が溜まる病気
足の付け根にしこりや痛みがある病気とは?原因や受診の目安を解説[1]
鼠径部にしこりや痛みを感じたら、鼠径ヘルニアやほかの病気が原因かもしれません。どのような病気であれ早期に診断を受けることが、適切な治療と病気の重症化を防ぐことにつながります。鼠径部に痛みや違和感を覚えたら、できるだけ早く医療機関を受診することが大切です。
鼠径ヘルニアは外科手術の中でもっとも症例の多い病気で、虫垂炎(盲腸)よりも多くの方が治療を受けています。実は、私たちが思っているよりもずっと身近な病気であり、特に中高年世代の男性には、いつ、誰にでも起こる可能性があります。鼠径ヘルニアがどのような病気で、どのようにして起こり、どのような痛みや症状があるかを理解しておくことはとても大切です。
もしも鼠径ヘルニアを発症してしまったら、もとに戻す方法は手術以外にありません。特に中高年男性で親兄弟に鼠径ヘルニアの経験者がいる、立ち仕事や重いものを持つ仕事をしている、など鼠径ヘルニアのリスクが高い方は、「急に腹圧が高まる行動を避ける」「肥満に気をつける」「禁煙」などの予防を心がけ、気になるからだの変化を発見したら、すぐに専門の医療機関を受診してください。
少しでも早く医師の診断を受け、適切な処置を施すのが、鼠径ヘルニアを悪化させないための最も確実な唯一の方法です。