40代以上の男性に発症することの多い鼠径(そけい)ヘルニア。鼠径ヘルニアは、ごく症状の軽いものであればすぐに手術をせずに経過観察をすることもありますが、悪化させないためには日常生活での制限や注意点も多く、手術でしか根治できない厄介な病気です。鼠径ヘルニアを未然に予防することはできるのでしょうか?
今回は、鼠径ヘルニアを予防するためにできることや、万が一鼠径ヘルニアを発症した場合の注意点などについて解説します。
鼠径(そけい)ヘルニアとは、「鼠径部」と呼ばれる太ももの付け根の筋膜の一部に穴が開き、本来腹腔内にある小腸や大腸などの組織が外に飛び出してしまう良性の病気です。40代以上の男性に比較的よくみられ、鼠径部にぽっこりとした柔らかいふくらみができます。通常、ふくらみを手で押すと、一時的にお腹の中に押し戻すことができますが、立ち仕事をしたり、お腹に入れたりするたびに、また同じところにふくらみができるという特徴があります。一度鼠径ヘルニアになると、自然にふさがることはなく、内服薬による治療もできないため、根治するには手術が必要です。ただし、鼠径ヘルニアの程度が軽い場合は、すぐに手術をせずに仕事などのスケジュールとあわせて治療時期を調整することも可能です。
残念ながら、鼠径ヘルニアを未然に防ぐ医学的な方法は確立されていません。
ただし、鼠径ヘルニアは、
などに起こりやすいといわれています。これらに共通するのは、おなかに力を入れる機会が多いということです。
また、喫煙習慣も鼠径ヘルニアの危険因子であるとの報告もあります。
鼠径ヘルニアは、加齢にともなっておなかの筋膜が弱くなり、おなかの圧力を支えきれなくなるなどの要因が重なって鼠径ヘルニアが起こると考えられています。
このことから、鼠径ヘルニアになりやすい要因を遠ざけることで、ある程度鼠径ヘルニアの発症リスクを減らせる可能性があります。
鼠径ヘルニアを予防するために、日常的に心がけたほうがよいことや習慣について具体的にみていきましょう。
内臓脂肪が多く、肥満ぎみの人は、常にお腹に圧がかかった状態になるため、鼠径ヘルニアになりやすいといわれています。また、便秘ぎみの人も、排便時におなかに圧がかかるため鼠径ヘルニアのリスクが高まります。心当たりのある人は、普段の食習慣を見直し、肥満や便秘を解消しましょう。内臓脂肪や肥満を解消するためには、栄養バランスの取れた食事を規則正しくとることが大切です。具体的には、主食、主菜、副菜のそろった献立を基本に、野菜や果物、豆類、乳製品などを積極的に取り入れて、ビタミン、ミネラル、食物繊維が不足しないように注意しましょう。食物繊維や発酵食品を積極的に摂ると、便秘解消にも役立ちます。
食べ方にも工夫が必要です。内臓脂肪を減らすためには、食事は腹八分目にして、夜食や甘いものも控えるようにしてください。ゆっくりよく噛んで食べるように心がけると、満腹感が得られやすくなり、食べる量を無理なく減らすことができます。
喫煙習慣のある人は、たばこをやめましょう。喫煙していると、慢性的な炎症によって気道がせまくなり、呼吸のたびにお腹に余計な力が入るようになるので、鼠径ヘルニアの発症リスクが上がると考えられています。また喫煙は、鼠径ヘルニアの手術を受けた後の回復を妨げたり、術後肺炎などの感染症や心筋梗塞などの術後合併症の発症リスクを高めたりするという報告もあります。鼠径ヘルニアを未然に防ぐためにも、発症後のリスクを抑えるためにも禁煙することが大切です。
生活の中に適度な運動習慣を取り入れましょう。運動が不足すると、肥満の原因になるだけでなく、腹壁の筋力が低下して、鼠径ヘルニアの発症や悪化につながる可能性があります。適度な運動をして、鼠径ヘルニアを引き起こす肥満や筋力低下を防ぎましょう。ただし、お腹に力を込めるような過度な筋力トレーニングをすると、腹圧が上がって、逆に鼠径ヘルニアを誘発してしまいます。過度な筋力トレーニングではなく、ウォーキングなどの有酸素運動をおこない、運動量を調整しましょう。健康をキープするための運動としては、うっすら汗をかくぐらいの強度で30分程度のウォーキングを週に3~4回を目安におこなうとよいでしょう。また日常生活では、家事や通勤、通学などでも積極的に身体を動かすように意識しましょう。
腹圧がかかる動作を控えましょう。たとえば、長時間立ったままの姿勢でいる、重いものを持ち上げる、大きな咳やくしゃみをする、排便時に長時間いきむなどの動作は、お腹に力が入って鼠径ヘルニアのきっかけになります。立ちっぱなしにならないように休憩する、重いものを持つのを控えるなどして、身体への負担を減らしましょう。便秘ぎみの人は、食習慣を見直してお通じを良くするなどの工夫をし、排便時に腹圧がかかるのを防ぎましょう。咳やくしゃみを勢いよく出してしまう人は、できるだけ小さく出せるように心がけてください。ただし、日常生活で心がけていても、便秘や慢性的な咳やくしゃみが治まらない場合は、医療機関を受診し、しっかり治療することが大切です。
いくら気を付けていても、鼠径ヘルニアを発症してしまうリスクはあります。ここでは鼠径ヘルニアになった際に注意すべき点について紹介します。
鼠径ヘルニアを発症したら、できるだけ早く医療機関を受診しましょう。
鼠径ヘルニアは、初期の段階ではただふくらみがあるだけですが、進行するとだんだんふくらみも大きくなり、痛みも出てくるようになります。放置していると、嵌頓(かんとん)といって、ふくらみの部分が戻らなくなり、腸閉塞を起こすような重篤な状態に陥ることもあり、こうなってしまうと緊急手術が必要になります。
鼠径ヘルニアは、腸を包み支えている筋膜が弱って穴が開き、そこから腸が出てきてしまう病気であるため、症状を改善するためには、お腹の筋肉を鍛えればよいのではと思うかもしれません。しかし、鼠径ヘルニアを発症した後に筋力トレーニングを一生懸命おこなっても、筋膜を鍛えることはできず、そもそも一度筋膜に開いた穴を自力でもとに戻すこともできません。それどころか、無理に筋肉トレーニングをすると、力を入れた瞬間に腹圧がかかってしまい、かえって鼠径ヘルニアの症状を悪化させてしまいます。ヘルニアの症状を根本的に改善するためには、外科的な手術によって筋膜に開いてしまった穴をふさぐ意外に方法はありません。自己判断で症状を改善しようとせずに、できるだけ早く医師に相談するようにしましょう。
鼠径ヘルニアを確実に予防する方法は確立されていないのが現状です。しかしながら、鼠径ヘルニアは40代以上の男性に多く、肥満や便秘症、前立腺肥大症の人、よく咳込む人、立ち仕事や重い荷物を持つ動作の多い人など、おなかに圧がかかる機会が多い人や喫煙習慣のある人に発症しやすいことがわかっています。したがって、鼠径ヘルニアになりやすい年齢になったら、生活習慣や普段の行動を見直し、鼠径ヘルニアの発症リスクを遠ざけるようにしましょう。ただしいくら気を付けていても、鼠径ヘルニアを発症してしまうことはあります。症状に気付いたときは、できるだけ早く医療機関を受診することが大切です。症状があるにも関わらず、おなかに圧のかかる生活を続けていたり、自己流の筋力トレーニングをしたりすると、鼠径ヘルニアの悪化につながります。鼠径ヘルニアは、放置していても自然治癒することはないため、早期のうちに適切な治療を受けましょう。