径ヘルニア(脱腸)は、腹部の中にある小腸や大腸などが太ももの付け根あたり(鼠径部)から飛び出して、こぶのようなふくらみができる病気です。ふくらみの大きさはさまざまですが、横になって休んだり、ふくらみを手で押し戻したりすると、一時的に目立たなくなるのが特徴です。ふしかし、一度ヘルニアになってしまうと、重いものを持ったり、力んだりするたびにふくらみが出てきてしまうため、根本的に治すためには手術が必要です。
鼠径ヘルニアにはいくつかの種類があり、ヘルニアに似た別の疾患もあるため、治療に当たっては正確な診断をおこない、適切な手術方法を選択することが重要です。そこで本記事では、鼠径ヘルニアの検査・診断方法や手術の必要性について詳しく解説します。
鼠径ヘルニアとは、腹腔内の小腸や大腸などの組織が、鼠径部(太ももの付け根のあたり)に飛び出してしまい、ぽっこりとふくらんでしまう良性の病気です。ふくらみの中身のほとんどが、腸の一部が飛び出したもののため、「脱腸」とも呼ばれています。
鼠径ヘルニアには大きく分けて、外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアの3つの種類があり、鼠径部のふくらみ(隆起)の大きさも、ごく小さいものから、ソフトボール大の大きなものまでさまざまです。力んだり、長時間立ったりするとふくらみは大きくなり、横になったり、ふくらみの部分を手で押し戻したりすると、ふくらみが一時的に小さくなるのが特徴です。患部に違和感や軽い痛みを感じることもあります。
本来、腹腔内の腸や脂肪組織は、腹筋と筋膜などからなる腹壁に包まれており、外に出てくることはありません。ところが腹筋が弱くなったり、腹筋のつなぎ目に弱い部分があったりすると、腹壁に穴があくことがあります。その穴を通って腹腔内の内容物が出てきてしまうのが鼠径ヘルニアなのです。
生まれつき筋膜などに穴があいていることによって、こどもの時に鼠径ヘルニアになるケースもありますが、大人になってから発症する鼠径ヘルニアは、加齢による筋力低下、肥満、長時間の立ち仕事や力仕事などがきっかけで発症します。
鼠径ヘルニアが疑われる場合は、まず視診や触診を実施して診断します。ただし、症状が不明瞭なときは、画像診断を実施することもあります。鼠径ヘルニアの検査・診断方法について詳しくみていきましょう。
鼠径ヘルニアは、基本的に医師が目でみて調べる「視診」と患部に触れて調べる「触診」で診断します。鼠径ヘルニアは、「足の付け根(太ももの付け根)が立つとぽっこりとふくらみ、寝ると戻る」という特徴があるので、視診や触診をおこなうときは、患者さんに立ってもらったり、横になってもらったり、お腹に力を入れてもらったりして、隆起の大きさや位置の変化、固さなどを確認します。
診断においては、問診から得られる情報も重要になります。患者さんの生活の中で、”長時間立っているとふくらみが大きくなる””重いものを持ったり、くしゃみをしたりすると痛みや違和感がある”などの症状がないかなどの質問をします。
視診・触診・問診などの臨床所見による鼠径ヘルニアの診断率は70~90%といわれています。
鼠径ヘルニアは、視診と触診で診断できることがほとんどですが、視診や触診で鼠径ヘルニアの典型的な症状が確認できないときや、他の病気が疑われる場合には、超音波検査やCT検査などの画像診断をおこなう場合があります。
鼠径ヘルニアに症状が似た病気には、腹腔の外側にある脂肪のかたまりが皮膚の下に飛び出してくる「精索脂肪腫」(せいさくしぼうしゅ)や、うまれつき鼠径部にできた袋状の空間に体液が溜まってふくらむ「精索水腫」(せいさくすいしゅ)、睾丸の静脈血が滞ってこぶになる「精索静脈瘤」(せいさくじょうみゃくりゅう)などがあります。若い女性特有の病気としては、胎児期に女性器を形作る過程で、鼠径部にできた袋状の空間に体液が溜まってふくらむ「ヌック管嚢胞」(ぬっくかんのうほう)などもあります。これらの病気でも、鼠径部がふくらんで一見ヘルニアのように見えますが、画像診断をおこなうことで鑑別できます。
画像診断では、手軽に実施できる超音波検査が一般的ですが、超音波検査だけでは鑑別できないケースもあり、追加でCT検査が必要になることもあります。
西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUでは、院内に高精度CT設備を導入しおり、詳しい鑑別が必要な患者さんに対しては腹臥位(ふくがい・うつ伏せの状態)でのCT検査を積極的に実施しています。患者さんにうつぶせになっていただき、鼠径部のふくらみが出た状態で撮影することで、ふくらみの大きさや内容物、周りの組織との位置関係が詳細に観察できます。国内の研究では、腹臥位のCTによる鼠径ヘルニアの診断率は98.3%と報告されており、より正確な診断につながります。
一度鼠径ヘルニアになったら、自然に治ることはないため、根治させるためには手術が必要です。しかし、全ての鼠径ヘルニアに対してただちに手術が必要かというと、必ずしもそうではなく、症状の程度や状態によっては、症状を抑えながら経過観察をすることもできます。鼠径ヘルニアの手術の必要性について、詳しくみていきましょう。
鼠径ヘルニアでは、すでに腹壁に穴があいてしまっているため、自然に治ることはありません。治療方針としては、手術で根本的に治療するのが基本です。鼠径ヘルニアに対する手術方法としては、従来は袋状に飛び出した腹壁(ヘルニア嚢)を処理し、腹壁にあいた穴を縫合する手術がおこなわれていましたが、最近では、より痛みが少なく、再発率の低い「メッシュ法」が広くおこなわれています。メッシュ法は、鼠径部の腹壁が弱くなっている部分を人工のメッシュシートで覆い、腹壁を補強することで、腹腔内の腸などの組織が出てこないようにする方法です。メッシュ法にもさまざまな方法があり、患者さんの状態に合わせて最適な方法を選択します。
ただし、症状が軽く、緊急性がないと判断できるときは、すぐに手術はおこなわず、しばらく経過観察することもあります。
鼠径ヘルニアは、嵌頓(かんとん)状態といって、腹壁にあいた穴に腸の一部が挟まり込んでしまい、手で押してもお腹の中に戻らなくなってしまうことがあります。嵌頓状態を放置していると、挟まった腸に血液が通わなくなって一部が壊死したり、腸が詰まってしまう“腸閉塞(ちょうへいそく)”などを引き起こしたりします。このようなケースでは、命に関わる病気になるおそれがあるため、ただちに緊急手術をおこなう必要があります。
嵌頓が起きていない状態であっても、痛みや違和感があったり、強い吐気を感じたりする場合や、鼠径部のふくらみの影響で射精障害や排尿障害などの自覚症状がある場合は、早めの手術が必要です。
西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUでは日帰りまたは短期入院で全身麻酔を用いて鼠径ヘルニアの手術をおこなっています。まず全身麻酔の事前準備として、血液検査、心電図検査、呼吸機能検査、胸部レントゲンなどの術前検査を実施し、循環器や呼吸器、肝臓・腎臓機能などに異常がないかを調べます。術前検査で心電図の異常などが見つかった場合は、循環器科での精査をおこなってから治療をすすめていくことになります。
西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUでは、院内に高精度CT設備を導入しているため、手術前にCT検査を実施し、鼠径ヘルニアの位置や大きさを事前に把握し、患者さんにとって最適な手術計画を立てて、手術に臨みます。
鼠径ヘルニアは良性の病気であるものの、自然に治ることはありません。ごく軽いものの場合、しばらく様子をみることもありますが、力んだり、長時間立っていたりすると症状を繰り返すため、基本的には手術が必要です。
鼠径ヘルニアの手術は、術前検査と正確な診断技術によってヘルニアの大きさや位置を見極め、状態に合った手術方法を選択することが求められます。西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUでは術前検査として高精度CTを用いた画像診断を併用し、患者さんの状態に最適な手術をご提案しています。鼠径部のふくらみや違和感などの気になる症状があるときはご相談ください。