「歩くと足の付け根が痛い」「ズキズキして座るのもつらい」そんな鼠径部の痛みや不快感を経験したことはありませんか。これらの症状は、姿勢のくずれなど一時的な原因のこともありますが、なかには関節や内臓などの病気が関係しているケースもあります。
本記事では、鼠径部の痛みの主な原因や考えられる病気について説明します。さらに気になる方に向けて、痛みを和らげる方法や受診の目安、そして検査方法や治療法についても、わかりやすく解説します。
足の付け根にあたる「鼠径部」は、血管・神経・筋肉・腱(けん)・臓器などが交差する部位であり、痛みの原因もさまざまです。激しい運動による炎症や、加齢・筋力低下による病気など、原因は一つではありません。ここでは、鼠径部の痛みが起こる主な原因を紹介します。
鼠径部の痛みで最も多い原因のひとつが、筋肉や靭帯・腱の炎症です。足の付け根は、上半身と下半身をつなぐ重要な部位であり、日常の動作やスポーツによる負荷が集中しやすい場所です。
特にサッカー・陸上・バスケットボールなど、蹴る・ひねる・方向転換する動作を繰り返す競技では、筋肉や腱の付着部に小さな損傷が生じやすく、それが炎症の原因となります。
このような炎症によって起こる痛みや違和感は「グロインペイン症候群」と呼ばれ、股関節や足の付け根、内もも、下腹部など広い範囲に痛みが広がることがあります。
この症状は、動かすと痛みが強くなり、安静時には軽くなるのが特徴です。放置すると炎症が慢性化し、長期間違和感が残ることもあります。
鼠径部の痛みは、筋肉や腱の炎症だけでなく、体の構造の変化によって起こる病気が原因となることもあります。その代表例が「鼠径ヘルニア」です。鼠径ヘルニアは、腹部の内臓や脂肪の一部が筋肉のすき間から皮下に押し出され、足の付け根にふくらみや痛みを感じる病気です。特に中高年の男性に多く、加齢や筋力の低下、腹圧の上昇(重い物を持つ・咳をする・便秘で強くいきむなど)が関係しています。
鼠径部が痛むときには、まず無理をせず安静にすることが大切です。スポーツや立ち仕事などで筋肉や腱に負担がかかり、炎症が起きている場合は、しばらく休むことで自然に回復することもあります。
痛みや熱を感じるときは、冷やして炎症を抑えるようにしましょう。保冷剤や氷嚢(ひょうのう)をタオルで包み、直接肌に触れないように注意しながら冷やします。症状が落ち着いたら、温めて血流を促すことで、回復のサポートにつながります。
また、姿勢や動作に注意することも重要です。長時間同じ姿勢を避け、軽いストレッチなどで股関節まわりをやわらかく保ちましょう。体を動かすときは、無理のない範囲でおこなうように心がけることが大切です。

鼠径部の痛みは、筋肉や腱の炎症だけでなく、関節や臓器、神経など、体のさまざまな部位に関係して起こることがあります。ここでは、代表的な病気やその特徴について紹介します。
股関節炎は、股関節に過度な負担がかかったり、炎症が起きたりすることで痛みが生じる状態を指します。炎症が長引くと、軟骨がすり減り、関節の構造が変化していくことがあります。
「変形性股関節症」は、こうした炎症や軟骨のすり減りが進行して関節の形が変わる病気です。主な原因として股関節への過度な負担や炎症のほか、臼蓋形成不全(股関節の受け皿が浅い構造異常)などの先天的な構造異常や加齢が挙げられます。
また、股関節の炎症や変形は互いに関連し、鼠径部の痛みの主な原因となります。
鼠径部の痛みやふくらみの原因として代表的な病気のひとつに鼠径ヘルニア(脱腸)があります。お腹の中の腸などの一部が、筋膜のすき間(ヘルニア門)から皮膚の下に押し出されることで起こります。
初期には、立ったときや力を入れたときに足の付け根がふくらむのが特徴で、横になると自然に引っ込むこともあります。この段階では鼠径部に軽い痛みや違和感、引っ張られるような感覚が続くことがあります。しかし進行すると、腸の一部がはまり込んで戻らなくなる「嵌頓(かんとん)」を起こすおそれもあり、この場合は鼠径部から下腹部にかけて激痛が生じ、緊急手術が必要になります。
鼠径ヘルニアは自然に治ることはなく、根本的に治すためには外科的な手術が必要になります。主な原因として、加齢による筋膜の衰えや、慢性的な咳・便秘・重いものを持つ作業などによる腹圧の上昇が挙げられます。
鼠径部には、下半身の皮膚や生殖器、足から流れるリンパ液を集めるリンパ節が多数存在します。このリンパ節が炎症を起こすと、足の付け根にしこりのような腫れや痛みを感じることがあります。原因としては、足や陰部などの小さな傷から細菌が入ることで炎症が広がるケースや、皮膚感染症・性感染症などさまざまです。
炎症が強いと赤みや熱をともない、押すと痛みを感じることもあります。多くの場合は一時的な免疫反応によるもので、炎症が治まれば自然に腫れが引くことがほとんどです。
ただし、腫れや痛みが長く続く場合には、他の病気(腫瘍や全身感染など)が関係していることもあります。
内臓の炎症やホルモンの変化が、足の付け根の痛みにつながることもあります。男性では精巣やその周辺の炎症、女性では卵巣や子宮の病気が関係しているケースがあります。
男性では主に、精巣上体炎(副睾丸炎)と精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)の2つが代表的です。
精巣上体炎は、精巣の後ろにある「精巣上体(副睾丸)」に炎症が起こる病気で、尿道から細菌が感染して発症します。主に精巣や足の付け根が腫れて痛み、発熱や熱感をともなうのが特徴です。一方、精索静脈瘤は精巣につながる静脈がこぶのようにふくらむ病気です。左側に発生しやすく、多くは自覚症状がありませんが、陰囊の痛みや違和感をきっかけに見つかることもあります。また、男性不妊の原因としても多い病気の一つとされています。
女性では、卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)や子宮内膜症(しきゅうないまくしょう)が考えられます。卵巣嚢腫は、卵巣の内部に液体や粘液がたまって袋状にふくらむ病気で、進行すると下腹部や足の付け根に引っ張られるような痛みが出ることがあります。
一方、子宮内膜症は、子宮の内側を覆う膜(子宮内膜)に似た組織が、子宮以外の場所にできてしまう病気です。この組織は月経周期に合わせて増殖・出血・炎症を繰り返すため、月経時に下腹部痛や慢性的な鈍痛を感じるのが特徴です。
鼠径部の痛みは、関節や筋肉の炎症だけでなく、神経や血流の異常が関係している場合もあります。代表的なのが坐骨神経痛や、筋肉のこわばりによる血行不良です。
坐骨神経痛は、腰から足にかけて伸びる坐骨神経が圧迫・刺激されることで、痛みやしびれが出る病気です。主な原因には、腰椎椎間板(ようついついかんばん)ヘルニアや加齢にともなう背骨の変形(脊柱管狭窄症など)があり、長時間同じ姿勢をとる人や、デスクワークが多い人に多くみられます。痛みはお尻から太もも、ふくらはぎにかけて広がることが多く、足の付け根(鼠径部)に放散するような痛みやしびれを感じることもあります。
また、運動不足や姿勢のくずれによって筋肉がこわばると、血流が悪くなり、違和感が出やすくなります。特に下半身の冷えや筋力低下がある場合は、鼠径部にも負担がかかりやすく、痛みの引き金となることがあるため注意が必要です。
鼠径部の痛みや違和感は、一時的な炎症だけでなく、体の内部トラブルが関係している場合もあります。次のような症状が見られるときは、早めに医療機関を受診しましょう。
(症状の目安)
・安静にしていても痛みが引かない
・痛みが日ごとに強くなる
・歩く・立つなど日常生活に支障が出ている
・足に力が入りにくい、またはしびれがある
・発熱や腫れ、赤みをともなう
・しこり・ふくらみが触れる、または大きくなってきた
症状に応じて、次の診療科を目安にしましょう。
| 症状・特徴 | 受診先 |
| 足の付け根にしこり・ふくらみがある (押すと引っ込むなど) | 外科/消化器外科(ヘルニア外来) |
| 赤み・発熱をともなうしこりや全身のだるさ | 内科 |
| 皮膚の赤い腫れや急に大きくなったしこり | 皮膚科 |
| 運動後の痛み、筋肉の張り・違和感 | 整形外科 |
| 排尿痛・月経との関連がある痛み | 泌尿器科/婦人科 |
| どこに行けばよいかわからない場合 | かかりつけ医/総合診療科 |

当院では、鼠径部の痛みや違和感がある場合、まず医師による視診と触診で状態を確認します。見た目の腫れやしこりの有無、押したときの痛み(圧痛)の程度、ふくらみの大きさや硬さなどを丁寧に観察し、炎症・筋肉の損傷・リンパ節の腫れ・鼠径ヘルニアなどの可能性を幅広く考えます。必要に応じて、超音波検査(エコー)やCT検査をおこない、より正確に内部の状態を把握します。
超音波検査は体への負担が少なく、筋肉や靭帯、血管、リンパ節などをリアルタイムで確認できるのが特徴です。炎症や腫れの程度、血流の異常、腫瘤(しゅりゅう)やヘルニアの有無など、細かな変化を観察できます。
一方、CT検査では骨盤や腹部の内部構造を立体的にとらえられるため、深部の異常や他の臓器からの影響を詳しく調べる際に有効です。
こうした段階的な検査の結果をもとに、痛みの背景を丁寧に見極め、患者さま一人ひとりに最適な治療方針を検討していきます。
鼠径部の痛みに対する治療は、原因や病気の種類によって異なります。ここでは、鼠径部に起こる病気に対しておこなわれる代表的な3つの治療方法について解説します。
鼠径部の痛みの原因によっては、すぐに手術をおこなわず、経過を観察しながら自然回復を目指す「保存療法」を選択することがあります。筋肉や靭帯の炎症が原因の場合は、まず安静にして患部への負担を減らすことが大切です。痛みが強いときは、湿布や鎮痛薬を用いて炎症を抑え、落ち着いてきたらストレッチや軽い運動で再発を予防します。血流の滞りが関係している場合には、着圧ストッキングの着用や足を少し高くして休むなど、日常の工夫も効果的です。
一方で、鼠径ヘルニアのように自然治癒が見込めない病気では、経過観察は一時的な対応にとどまります。症状が軽いうちは定期的に診察や画像検査をおこない、悪化がみられる場合には外科的治療への切り替えを検討します。
鼠径部の痛みが細菌感染や炎症によって起こっている場合は、抗菌薬(抗生物質)による治療をおこないます。例として、皮膚の下に膿がたまる「鼠径部皮下膿瘍(そけいぶ ひかのうよう)」や、リンパ節の炎症(リンパ節炎)などがあります。軽症の場合は、内服薬や塗り薬で炎症や腫れを抑える治療が中心です。抗菌薬を用いることで感染の拡大を防ぎ、早期に症状が改善するケースが多くみられます。
一方で、膿が大きくたまっている場合や、発熱・強い痛みをともなう場合には、膿を排出する処置(切開排膿)や点滴での抗菌薬投与が必要になることもあります。症状の程度に応じて、内服治療から外科的処置まで柔軟に対応し、感染の再発を防ぐことが重要です。
保存療法や薬による治療で改善がみられない場合や、構造的な異常が原因となっている場合には、外科手術が検討されます。代表的なものは鼠径ヘルニアで、お腹の中の臓器が飛び出す「穴(ヘルニア門)」をメッシュ(人工補強材)でふさぐ手術がおこなわれます。この方法は再発が少なく、痛みも軽い日帰り手術として広く実施されています。また、腫瘍や膿がたまっている場合には、膿や異常組織を取り除く処置をおこないます。病変の大きさや位置によっては局所麻酔でおこなうこともでき、体への負担を最小限に抑えた治療が可能です。

鼠径部(足の付け根)の痛みは、一時的な筋肉の炎症や疲労によるものもありますが、中には鼠径ヘルニア、リンパ節炎、泌尿器・婦人科系の病気などが隠れていることもあります。違和感が長引く、痛みが強くなる、ふくらみやしこりがはっきりしてきた場合は、早めの受診を心がけましょう。
西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKUでは、外科・放射線科の医師が連携し、「正確な診断」から「負担の少ない治療」までを一貫しておこなう体制を整えています。特に、高精度CTによる撮影や超音波検査の併用により、見逃されやすい初期のヘルニアや深部の炎症も正確に評価可能です。また、症状やライフスタイルに応じて、経過観察・保存療法・抗菌薬治療・低侵襲手術を柔軟に選択し、一人ひとりに最適な方法で早期回復を目指します。「痛みを早く取りたい」「手術に不安がある」そんな方こそ、西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKU にご相談ください。小さな違和感の段階で原因を見つけることが、将来の健康を守る第一歩になります。