腹腔鏡による鼠径(そけい)ヘルニア手術は、身体への負担が軽い「低侵襲」な治療法です。しかし、医療用のメッシュシートや医療器具を体内に挿入する外科手術をおこなうため、リスクがゼロとはいえません。再発や感染を防ぐためには、手術後の生活には一定の注意が必要です。今回は鼠径ヘルニアの手術後の経過と生活上の注意点、手術によって起こる症状や合併症の可能性について解説します。
近年、鼠経ヘルニアの手術は、手術の方法や使用する医療機器、医薬品などの進化によって日帰りでおこなえるようになってきました。ただし、日帰り手術を受けられるのは、ヘルニアが重症化しておらず、合併症のリスクが低い方に限られます。
糖尿病や心臓病、呼吸器疾患など持病のある方や症状の重い方の場合、使用している薬の副作用や手術後の合併症リスクへの対応が求められます。そのため、それぞれの診療科がそろう総合病院に入院して手術を受ける必要があります。なお、総合病院では標準的な入院期間を定めていることが多く、鼠経ヘルニア手術での入院日数は3泊4日や4泊5日が一般的となっています。
からだに負担の少ない日帰り手術ですが、手術のあと約2週間は禁止事項や制限事項があります。痛みがなくても無理をせず、医師のアドバイスに従って日常生活を送るよう心がけてください。
手術当日は全身麻酔の影響があるため、自動車や機械の運転は厳禁です。自転車に乗ることも避けてください。また、出血のリスクを高めるため、入浴は短時間のシャワーで済ませてください。アルコールも出血のリスクを高めますので、手術後3日間は禁酒となります。
手術当日の夜から翌朝にかけて、痛みが強く現れることがあります。手術後の痛みに対しては、処方された鎮痛剤を服用して対処してください。手術当日はできるだけ安静に過ごしていただきますが、翌日からはデスクワークや負担の軽い仕事を始めていただけます。長時間の立ち仕事などは3日目以降を目安として再開いただけますが、引っ越しなどの重労働やトイレで強くいきむなど腹圧のかかることは避けてください。
手術に際して中止したお薬は翌日からご使用いただけます。おおむね手術後3日間は、あまり無理をせず、からだに負担をかけないようにお過ごしください。
手術後1週間ほどで痛みや違和感は和らいできますが、からだを動かした際に少し痛むことがあるかもしれません。散歩やゆっくりとしたジョギングなどの軽い運動なら始めてかまいませんが、ジムでの筋トレや登山、マラソンなどハードな運動は控えてください。
手術後2週間経過して違和感や痛みがおさまっていれば、通常の生活に戻していただいて問題ありません。スポーツ選手や重労働をおこなう方の場合も、競技や仕事への本格的な復帰は手術後2週間以降を目安として、徐々に始めることをおすすめします。
当院では、手術後1週間を目安にご来院いただき、経過の診察をおこないます。傷口や痛みの程度などを確認させていただき、必要があればお薬を処方いたします。問題がないようであれば、術後約1か月目に診察を行います。その後は症状に応じて3か月目の診察が必要か判断いたします。
鼠径ヘルニアの手術では、メッシュシートを使用してヘルニアの穴をふさぎますが、手術部位の浮腫や炎症が十分に落ち着くのに約2週間かかります。そのため、鼠径ヘルニアの手術から最低でも2週間は、おなかに力が入る運動は控える必要があります。
散歩やウォーキング程度であれば手術後1週間以降から始めていただいて問題ありませんが、ランニング、水泳などの「激しい運動」は、手術後2週間が経過するまでは控えてください。バーベル・ダンベルなど器具を使用した筋トレはもちろんのこと、腕立て伏せ・腹筋、スクワットなどの自重トレーニングも禁止です。
ほかにも、ゴルフ、サーフィン、サイクリング、乗馬、長距離のランニングやマラソンなどの激しい運動はメッシュの固定を妨げ、ヘルニアが再発する可能性を高めるおそれがあります。鼠径ヘルニアの手術から2週間は、強い腹圧のかかる運動や重い物を持つことは避けてください。
強度の高いトレーニングや激しいスポーツは、手術後2週間を経過して痛みや違和感がなくなってから、無理をせず徐々に再開してください。
鼠径ヘルニアの手術後に起こる可能性のある症状について説明します。これらの症状のほとんどは一時的なもので、時間の経過とともによくなりますが、心配な場合は遠慮なく担当医にご相談ください。
手術後は当日から翌日にかけては強く痛むことがあります。長い場合は3日間ほど痛みが続くこともありますが、その後は次第にやわらいでいきます。痛みの感じ方は個人差があるため、痛みの程度をお伝えするのは難しいですが、動くのがつらいほどの痛みを感じる場合は、鎮痛薬を服用し、安静にしてください。
手術後は、傷口に貼られた保護テープに血がにじむことがありますが、これは傷口からの出血ではなく、縫合したすき間から血液がしみ出しているもので問題はありません。また、傷のまわりには内出血によるあざができることがありますが、これも1~2週間で消えていくので心配いりません。
内出血した血液は時間が経つと下の方に下がってくることがあります。男性の場合は陰嚢にあざが出ることがありますが、これもよくみられる症状のひとつですので問題はありません。
手術後はヘルニアがあった部分に空間ができるので、そこに体液がたまって腫れやしこりのようになる症状がみられます。痛むことはほとんどありませんが、ヘルニアよりも硬く感じられるかもしれません。しこりや腫れは数週間から6ヵ月くらいで消えていきますので心配ありませんが、腫れがあまりに大きい場合や不快感が強い場合は医師にご相談ください。
鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術は再発や合併症が起こる確率がとても低い安全な治療法です。ただし、残念ながらリスクはゼロではありません。ここでは再発の可能性と、感染や漿液腫(しょうえきしゅ)などの合併症について説明します。
鼠径ヘルニア手術の再発率は2~3%といわれていますが、重症化した例を含まない一般的な鼠径ヘルニアの場合は1%未満と考えられます。ただし、鼠径ヘルニアを発症した方は、肥満や重労働な仕事、咳やいきみなどのリスク因子を持つことが多く、手術した側と反対側に鼠径ヘルニアが起こる可能性があります。
手術の手法からして、腹腔鏡下でおこなわれる鼠径ヘルニア手術の感染率は極めて低いと考えられます。ただし、手術器具が皮膚と接触することによる細菌感染が起こる可能性はゼロではありません。感染がメッシュシートにまで及んでしまった場合は再手術が必要になることもあります。
手術によってヘルニアがおなかの中に戻されると、ヘルニアのあった箇所に空間ができます。この空間に漿液(しょうえき=リンパ液などの体液)が溜まってできる「しこり」や「こぶ」を漿液腫と呼びます。漿液腫は手術後少し経ってからふくらんできますが、もとのヘルニアと同じくらいの大きさになることもあり、ヘルニアが再発したと思われる方も少なくありません。
ほとんどの場合、痛みもなく自然に消えていくため、放置しておいて構いませんが、あまりに大きく邪魔に感じるような場合は、注射針を刺して中の漿液を吸い出す治療をすることもあります。漿液腫は合併症ではありますが、ヘルニアが完治するまでの経過状態と考えていいかもしれません。
鼠径ヘルニアの治療は、技術の進歩により、安全に日帰り手術を受けられるようになりました。ただし、腹腔鏡手術も外科手術であることに変わりはなく、経過観察や手術後のケアには細心の注意を払う必要があります。手術直後にしてはいけないことや、手術からの経過日数に応じた生活上の注意点を守ることも治療の一部とお考えください。
また、運動によるヘルニア再発のリスクや、手術後の症状、合併症の可能性について知っておくことは大変重要です。鼠径ヘルニアリスクの高い方、自覚症状のある方は、この病気と日帰り手術についての理解を深めていただき、気になることがあれば遠慮なく、西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKUにご相談ください。