西宮敬愛会病院 鼠径ヘルニアセンターの三賀森です。今回は「Nuck管水腫」について、その病態や診断、治療方法について解説してみたいと思います。
ヌック管水腫とは、足の付け根に位置する鼠径部にある腹膜鞘状突起(ヌック管)に液体が貯まることで生じる病気です。男性における精索水腫や陰嚢水腫に相当する病態と考えると分かりやすいかもしれません。本来この腹膜鞘状突起は生後まもなく閉じるものですが、閉鎖せずに残ってしまった場合に水腫が形成されます。したがって、先天的な要素に依存するものの、遺伝との関連はありません。
症状としては、鼠径部にビー玉のような丸いふくらみやしこりを触れて気付くことが多く、通常は強い痛みを伴いません。ただし水腫が大きくなると、かがんだときなどに圧迫感や異物感を覚えることがあります。鼠径ヘルニアのように手で押すと引っ込むという特徴はあまり見られないのも違いのひとつです。
診断には超音波検査やCT検査が用いられます。ヌック管水腫と同時に鼠径ヘルニアを合併していることもあるためにその確認も大切です。また、月経周期にあわせて水腫の大きさや症状に変化がある場合には、ヌック管水腫の中に異所性子宮内膜症が存在する可能性があり、問診での丁寧な確認が必要となります。
小さくて症状が乏しい場合には経過観察が可能ですが、大きくなってきたり違和感が強い場合には手術が必要となります。手術は鼠径ヘルニアの治療法と同じ術式が用いられ、鼠径部を直接切開する方法や腹腔鏡下手術(TEP法、TAPP法)が選択肢となります。近年では鼠径ヘルニア手術全体の約6割が腹腔鏡で行われており、ヌック管水腫に対しても腹腔鏡での治療例が増えてきました。当院でも病態に応じて術式を選択しています。
まずは鼠径部の解剖を簡単に解説します。女性の場合は、子宮円靭帯が腹腔内から内鼠径輪(鼠径ヘルニアになりやすい部位)を貫いて鼠径管内を走行します。ヌック管水腫はこの子宮円靭帯に沿って発生します。また各術式において、到達の仕方が異なっており下記のイラストのようになっています。
【アプローチの違い】鼠径部切開法(皮膚から鼠径管内に到達します)、TEP法(腹壁と腹膜の間から到達します)、TAPP法(腹腔内から到達します)
ヌック管水腫といっても大きさや水腫の存在する場所、鼠径ヘルニアの併存の有無など様々なバリエーションが存在します。下記それぞれタイプ別に術式の考え方を紹介します。
ヌック管水腫と鼠径ヘルニアが併存している場合には、水腫の摘出に加えてヘルニア門の修復が必要となり、多くはメッシュを用いた腹腔鏡手術(当院では単孔式TEP法)第一選択としています。ただし若年の方でヘルニアが小さい場合には、メッシュを使わず鼠径部切開法で水腫の摘出と高位結紮を行うこともあります。妊娠とメッシュ使用との関係について明確な見解はありませんが、患者さんに応じてメッシュを使わない選択肢も提示いたします。
ヌック管水腫の切除とヘルニア門の修復が必要なため水腫が摘出が同時に可能なら腹腔鏡手術を第一選択としています。若年のかたで小さな鼠径ヘルニアの場合にはメッシュを使用しない鼠径部切開法も選択となります。
ヌック管水腫が内鼠径輪をまたいで存在する場合、摘出後に開大した内鼠径輪が将来的に鼠径ヘルニアを生じる原因となるため、メッシュを用いた修復が必要です。水腫が内鼠径輪から引き抜ける場合には腹腔鏡を選択しますが、恥骨側にまで広がる場合には鼠径部切開法による切除とメッシュ留置(Lichtenstein法)が適しています。施設によっては腹腔鏡と鼠径部切開法を両方行うハイブリッド手術を行う方針もありますが、傷が増えてしまうため、当院では原則としてどちらか一方の術式を選択しています。ただし、再発例や複雑な症例においてはハイブリッド手術が有用となることもあります。
ヌック管水腫を腹腔鏡下に引き抜くと開大した内鼠径輪が残るためメッシュによる補強を行います。
ヌック管水腫が鼠径管内のみに存在し、内鼠径輪の開大がみられない場合も少なくありません。この場合はヘルニアを伴わないため、メッシュによる補強は不要です。当院では小さな切開創でヌック管水腫を摘出する方法を基本としています。学会などでは腹腔鏡を用いて腹壁を切開し、摘出と同時にメッシュを留置する方法も報告されていますが、無理にヘルニアを作ってまで腹腔鏡手術を行う必要はないと考えています。腹腔鏡手術には傷が小さい、視野が良いといった多くの利点がありますが、鼠径部切開法もまた優れた術式であり、病態に合わせて最適な方法を選ぶことが重要です。
右図のように腹腔鏡下に腹壁を切離して水腫を摘出してメッシュを置く方法もありますが、当院では小さな傷で鼠径部切開法で水腫を切除するシンプルな方法(中央図)をご提案させていただきます。
ヌック管水腫は比較的まれな病気ですが、鼠径部のしこりや膨らみとして発見されることが多く、鼠径ヘルニアと間違えられることもあります。治療方法は病態に応じて大きく異なるため、患者さん一人ひとりに適した術式を提案することが大切です。当院では腹腔鏡手術・鼠径部切開法のどちらにおいても対応可能であり、安全性と再発予防を重視した治療を心がけています。鼠径部にふくらみを感じて気になる方は、どうぞお気軽にご相談ください。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学
公開日:2025年8月16日