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外科医の手術記録について

西宮敬愛会病院低侵襲治療部門 消化器外科部長の三賀森学です。外科手術にまつわる情報を定期的に挙げていきたいと思います。今回は、手術記録(オペレコ)についてです。

1.手術記録(オペレコ)とは

外科医は手術を行った後に「手術記録(オペレコ)」を書きます。手術記録は施設ごとにフォーマットが決まっていることが多く、私も外科医になったばかりのころは先輩に書き方を教わりながら書いていました。

ちなみに手術記録の記載について日本では医療法施行規則に定められており、下記内容の記載が必要とされています。

①手術を行った医師の氏名、②患者の氏名等手術記録を識別できる情報、③手術を行った日、④手術を開始した時刻および終了した時刻、⑤行った手術の術式、⑥病名。

実際には、上記の内容はタイトルページに記載します。それに続いて手術の手順に沿って剥離した範囲、臓器・脈管の切離部位、再建方法、使用した針や糸の種類などを書いていきます。例えば手術における血管の処理では、分岐してからの距離の情報、また複数の血管の立体的な重なりも重要な情報であり、すべてを文章で表すことは困難なので、これらの情報をより分かりやすくするためにスケッチを記載します。

手術記録のスケッチには大きな意味が3つあります。

① 手術内容の詳細な記載

「膵頭十二指腸切除術(再建:Child変法)を行った。」というこの一文だけでは、具体的なことは何も伝わりません。同じ手術でも患者さんごとに病変の拡がり具合や血管の分岐など細かな解剖の違いがあり、それによりどのような手術が行われたのかということは術後経過やその後の治療に深く関わります。そのためそれらの情報を詳細に記載することが必要です。一枚のスケッチですべての情報を記載することは難しいので、場面ごとに分けて記載します。大きな手術であれば1件で6-7枚になることもあります。

② 医療チームとの情報共有

消化管の手術後に内視鏡検査を行うときに、手術で再建(消化管のつなぎなおし)が行われている場合、消化器内科の先生に言葉で伝えるよりも再建の図を見てもらう方がイメージが伝わりやすくなります。右のイラストは私が以前記載した膵頭十二指腸切除術の再建図ですが、どことどこをつないだのかということが一目でわかると思います。また術後にドレーンという管が身体に入ることがありますが、どの部位に入っているかという情報を管の管理を担う看護師さんが知っておく必要があり、その際に手術スケッチが役に立ちます。

③ 外科医自身の手術の造詣を深めるため

手術の絵を繰り返し書くことで、細かな手術に必要な特徴を確認することができます。実際に私は大きな手術の前にCT画像などを確認して解剖のスケッチを記載してから手術に臨んできました。「右肝動脈が総胆管の後ろを走行していて、胆のう動脈は総胆管の左側で早めに分岐しているな」「副右結腸静脈の流入部位が胃結腸静脈幹の根部に近いので処理の際に注意しよう」などと術前にイメージしています。絵を描くにあたり、イメージができていないところは詳細に書けないので、術前に確認を繰り返します。絵を描くことで、①手で覚える、②目で捉える、③頭で考える、この3つの要素を使います。この積み重ねが術中の出血を減らしたり手術時間を短縮したりとスムーズな手術につながります。

術中の写真をキャプチャーしてphotoshopのイラスト化の機能を用いて試してみたことがありますが、映っているすべての情報がスケッチされてしまい、煩雑すぎて何が大切かわからなくなってしまいます。不要なものを削除して、大事な部分を強調して描くということの重要性がよくわかります。

2.手術記録の書き方

以前はボールペンと色鉛筆を用いて、手術の後に記載していました。できる限り手術直後に記載した方が記憶に残っていて詳細に描くことができるため、長い手術のときなどは深夜帯になっても少なくとも下書きまでは手術直後に記載していました。私は長らくアナログな手書きオペレコを続けており、メッシュペンポーチに色鉛筆をいれて愛用していました。血管などを記載することが多いので、赤色や青紫色の色鉛筆はいつも短くなっていました。

私の手術記録の書き方に転機が訪れたのは、東京で開催されたとある日本消化器外科学会でした。その学会では手術記録を発表するというセッションが開かれていました。今までにそのようなセッションがあまりなかったため、興味を持って見に行きました。ポスター展示されていたのですが、そこで素晴らしい手術記録を目の当たりにしました。美術作品のような手術記録、手術の詳細や思い入れまで伝わる内容の手術記録がみられました。そこで一部の先生方がデジタルでの記載を行っており、ぜひこの技術を習得したいと思い、帰りにその足で秋葉原に寄ってiPadとApple pencileを購入しました。

スケッチを行うためのソフトはさまざまありますが、私は「Procreate(プロクリエイト)」というソフトを購入して使っています。2000円で買い切りのため、一度購入すればずっと使えます。プロのクリエーターも使用する本格的な機能を備えています。様々なペンの種類があるため、よりきれいにスケッチが描けるようになりました。レイヤーを分けることで、臓器・動脈・静脈・ドレーン類などを一つずつ修正できるので、重なりや奥行きなどの表現も簡単になりました。また再建図など基本的にあまり変化がないものに関しては、テンプレートを作って修正を加えることで、一からすべて描く手間が省けて時間の短縮にもなっています。イラストを描くソフトは他にも、「Medibang paint」や「ibisPaint」、「Photoshop」や「CLIP STUDIO PAINT」などシンプルなものから本格的なものまであります。

3.腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術の手術記録

当院では主に鼠径ヘルニア(脱腸)の手術を腹腔鏡を中心に行っています。腹腔鏡下ヘルニア手術には大きく分けて2種類あり、お腹の中から修復するTAPP法とお腹の筋肉の隙間から修復するTEP法があります。当院では両方の術式を行っており、ヘルニア門の大きさや種類によって使い分けています。

なかでも、当院でよく行われているのが一つの傷からアプローチするTEP法(単孔式TEP法)です。鼠径ヘルニアの手術記録は多くの場合手順は決まっており、解剖学的な違いも少ないため文章での記載のみでとどまることがほとんどです。ヘルニアの種類(外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニア、併存型)、ヘルニア門の大きさ、使用したメッシュの種類・大きさや固定方法、他になにか特徴的なことがあったか、を記載しています。

今回は手術記録のことをブログにあげたので、TEP法の手術記録を描いてみました。

手順の一部分を実際に描いてみて思ったのが、腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術は立体的な部位を扱っていること、かつ薄い膜様組織が重要であるため実際に図として記載するのがとても難しい術式であるということでした。TEP法は解剖学的な認識に時間がかかるため習得に時間がかかるといわれていますが、このように図示したものと実際にみたもののイメージがぴったりこないことも原因かもしれません。

当院では術後の説明時に腹腔鏡手術時の画像をキャプチャーしてお見せしていますが、この術式においては手術記録も画像のキャプチャーの方がよくわかるかもしれません。しかし、手術記録を描く意義としての手で覚える、目で捉える、頭で考えるということは引き続き意識して手術に取り組んでいきたいと思います。

今回は外科医の手術記録について記載してみました。西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 COKU外科部門では、鼠径ヘルニア(脱腸)や胆のう疾患に対して傷の小さな腹腔鏡手術を中心に行っています。鼠径ヘルニア手術では、日帰りか短期の入院を選択していただけます。また土曜日の診察・手術も行っています。足の付け根のしこりや膨らみが気になる方はぜひご相談ください。紹介状不要で受診していただけます。

文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学

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