西宮敬愛会病院COKU鼠径ヘルニアセンターでは、鼠径ヘルニア(脱腸)や胆のう疾患に対する腹腔鏡手術を中心に、患者様の負担を軽減するための小さな傷での日帰り・短期入院手術を行っています。今回は「真皮縫合(抜糸不要の縫合方法)」について、当院でのこだわりも含めて詳しくご紹介いたします。
「手術の傷」と聞くと、皮膚にホッチキスのような金属や糸が見え、退院時に抜糸をするイメージがある方が多いのではないでしょうか。一昔前の盲腸手術後のようなイメージを持たれているかもしれません。
近年は医療技術の進歩により、術後の傷跡が目立ちにくく抜糸も不要な「真皮縫合」が主流となりつつあります。
「真皮縫合」は、溶ける糸(合成吸収糸:ポリジオキサノンやポリグリコール酸など)を用い、皮膚の表層(表皮)の下にある“真皮”を縫合する方法です。これにより、抜糸が不要となるだけでなく、傷跡が目立ちにくく仕上がる利点があります。
元々は形成外科で用いられてきた技術ですが、消化器外科でも約20年前から一般化し、現在では腹腔鏡手術の小さな創にも適用されるようになっています。
2010年には大阪大学関連施設で研修医・外科専攻医によるブタの皮膚を用いた「真皮縫合コンテスト」が行われ、技術の精度向上が図られました。その後、従来のステープラ(手術用ホッチキス)と真皮縫合の比較試験(真皮縫合群:562例、ステープラ群:518例)が実施され、その結果はLancet誌(Tsujinaka T, et al. Lancet 2013; 382: 1105-1112)に掲載されています。
この試験結果では、創合併症割合は全体としては標準治療が置き換わると事前に想定した差は有意には上回りませんでしたがサブ解析で、
が確認されました。
✅ 抜糸不要で術後の負担軽減
✅ suture mark(横の縫合痕)がつかず傷跡がきれい
✅ 皮膚の緊張緩和で血流を保ち治癒を促進
ただし正確な技術が伴わなければ、段差・ずれ・癒合不良(創離開)の原因となり二次治癒(肉芽形成・瘢痕化)が起きるリスクがあります。
1つ目は創縁皮膚の緊張緩和です。正常な創傷治癒のためには皮膚の血流が良好であることが必要です。そのため電気メスでの熱傷の防止(電気メスの使用は脂肪組織のみ)や縫合時には組織を縛るのではなく優しく寄せるイメージが大切となります。
2つ目は組織の正確な密着です。縫合時に皮膚に段差があると、ずれている部位は乾燥壊死となり肉芽形成など二次治癒となってしまうため、組織の正確な密着が必要となります。
また真皮の下には脂肪組織がありますが、ここを大きく縫合時に取ってしまうと脂肪組織が壊死してしまいます。ゆるみの原因となってしまい、張力が保てず隙間が空いて創離開や二次治癒の原因となってしまいます。
3つ目は外反(evert)です。表皮が内側にめくれ込んでしまうと癒合せずに隙間ができて二次治癒となってしまうため、皮膚がめくれこまないように(内反しないように)することが必要です。そのためには下記の図のようにまん丸ではなく少し奥の組織を多めにとった運針(ハート形の運針)がコツとなります。
これらの3つをイラスト化すると下記のようになります。
良い真皮縫合とは、「しっかりと真皮をかけ、奥の組織を少し皮膚に近いところを通すことで盛り上げて緊張を緩和し、脂肪組織は取らないようにして、結紮は縛るのではなく優しく寄せるようにする。」です。
脂肪組織を多くかけていたり、真皮が少ししかとれていない縫合はあまりよくない真皮縫合となります。
いくら丁寧に縫合しても、元の皮膚が痛んでいればきれいになおりません。切開の時にコッヘルで皮膚をガチっと噛んで臍を切開する場面を見たことがありますが、麻酔がかかっていない時にしたら卒倒するくらいの痛みでしょうし、皮膚も挫滅してしまいます。挫滅した皮膚は壊死して瘢痕化してしまうので一次治癒は程遠くなります。そのため切開から丁寧に皮膚を愛護的に扱うことがきれいな創傷治癒のためには必要となります。
上記のような縫合を行うためには、組織をコントロールして縫合する必要があるため左手が重要になります。左手で愛護的に組織を把持して繊細にコントロールすることでハート形の運針を実現したり、縫合する組織量をコントロールします。
当院では持針器はヘガール持針器、鑷子はマッカンドー鑷子を用いています。消化器外科領域ではアドソン鑷子がよく使われていますが、平べったい持ち手に先端が細いアドソン鑷子より全体的に細いマッカンドー鑷子の方が優しく組織がつかみやすいと感じ我々はこちらを使っていますがこのあたりは好みの問題です。
真皮縫合後は皮膚接合用テープを使用することで、創縁のズレを防ぎ、緊張を緩和して、創傷の安静を保ちます。
当院では鼠径ヘルニア手術(単孔式TEP法、TAPP法、鼠径部切開法)や腹腔鏡下胆のう摘出術を日帰り・短期入院で行うために、小さな傷で体への負担を少なくすることを心がけています。
以前はがん手術の際、長時間手術後の閉創時にステープラで迅速に閉じることが多くありましたが、当院で取り扱う良性疾患であり、この小さな傷の皮膚の縫合までしっかりとこだわって行いたいと思います。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学