鼠径ヘルニアの手術後にメッシュがずれる?鼠径ヘルニアの再発につながるメッシュのずれの原因と注意点、ずれないための対策について解説。鼠径ヘルニアの病院選び方のポイントもお伝えします。
鼠径ヘルニアという病気は、お腹の底を構成する組織である筋膜などが弱くなって一部に穴があき、そこから腸や脂肪が飛び出してしまうことで起こります。
一度鼠径ヘルニアになると、自然に治ることはなく、外科手術で筋膜にあいた穴をメッシュ(人工的な網のシート)で覆い、修復する治療が必要です。
鼠径ヘルニアで使用するメッシュは通常ずれてしまうことはありませんが、術後の過ごし方によっては、ずれてしまう可能性があります。今回は、鼠径ヘルニアの手術を受ける方のために、術後にメッシュがずれる原因とずれないための対策について解説します。
現在、鼠径ヘルニアに対する治療法としては、鼠径部全体に合成繊維で作られたメッシュをあてがい、ヘルニアの穴とともに覆う方法が主流になっています。“メッシュ”とは、人工的な網目のシートのことです。
鼠径ヘルニアの手術の中には、「組織縫合法」といって、メッシュを使用せず、ヘルニアの穴の周辺の組織を縫い合わせて穴を閉じる方法もあります。しかし、メッシュを使う方法に比べ、術後の痛みが強いことや、再発リスクが高いことから、“メッシュを使用しない方が良い”と医師が判断した場合を除いて、現在ではあまりおこなわれていません。
衣類の穴を修繕する様子をイメージしてみてください。ある程度の大きさの穴があいてしまった場合、針と糸で周りの生地を寄せても、ひきつれたり、また穴があいたりしやすくなります。この問題を解消するために開発されたのが、穴の部分に新しいメッシュシートをパッチして、穴を修復する方法です。 81か国1014人の外科医を対象に、2023年に実施したアンケート調査では、98%の外科医がメッシュを使用した手術を実施しています。日本においても、95%以上でメッシュを使用した手術を選択しており、国内外共に、メッシュによる治療は広く普及しています。
鼠径ヘルニアの手術で使用するメッシュは、主にメッシュの質量別に、Light weight mesh(軽量メッシュ:50g/m2以下)とHeavy weight mesh(標準メッシュ:70g/m2以上)の2つのタイプに大別されます。メッシュの形状や大きさは、各社メーカーによって異なり、平坦なシート型のメッシュや形状記憶型のメッシュなどのバリエーションがあります。
鼠径ヘルニアの術後の再発を抑えるためには、患者さんの状態にあったメッシュを選択することが非常に大切です。
西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUでは、ひとりひとりの患者さんの状態や手術法に対応できるよう、さまざまなメッシュを用意しています。鼠径ヘルニアの手術にあたっては、最新の鼠径ヘルニアの国際ガイドラインの指針をもとに、最適なメッシュを選択します。
アプローチ方法 | メッシュの大分類(質量) | |
鼠径部切開法(Lichtenstein法) | 軽量メッシュ:50g/m2以下 (国際ガイドライン推奨) | |
腹腔鏡 | 単孔式TEP法 (腹腔内からアプローチ) | 標準メッシュ:70g/m2以上 (国際ガイドライン推奨) |
TAPP法 (筋層と腹膜の間からアプローチ) |
メッシュはポリプロピレンやポリエステルといった合成繊維でできており、これらの素材は生体適合性が高く、拒絶反応を起こしにくいため、数十年前から手術用の縫合糸などに活用されています。また、これらの素材は、体内で分解されることはなく、時間の経過とともに脆くなる心配もありません。また、メッシュの強度もしっかりしているため、手で破こうとしても簡単に破けるものではなく、術後の腹圧などでメッシュが破れることもありません。
鼠径ヘルニアの手術後に気を付けなくてはならないのは、メッシュがずれてしまうことです。鼠径ヘルニアの治療で使用されるメッシュは、体内に固定されて安定するまでには、手術後約1週間から1ヵ月かかります。そのため、術直後の過ごし方によっては、ごくまれにメッシュがずれてしまい、ヘルニアを再発してしまうことがあります。このような失敗を防ぐために、手術直後のメッシュの状態や、メッシュがずれる原因、メッシュがずれるリスクを減らすポイントについて知っておきましょう。
メッシュを使ったヘルニア手術では、お腹の壁の中にメッシュを“留置する”イメージです。ただし、メッシュを留置するだけではなく、患者さん自身の身体が傷を治そうとする力を利用して、最終的にメッシュを固定します。
どういうことかというと、外科手術の後、私たちのからだは、傷を修復するためのしくみが活発になります。メッシュは、細かい網目状の構造をしているため、修復過程で、網目の隙間に肉芽(にくげ)が徐々に盛り上がって癒着が起こります。これにより、メッシュと繊維状の組織が一体化し、あたかも一枚の膜のようになることで、最終的に固定されます。術後にメッシュと自分の組織の癒着が順調に進み、固定された状態で安定すると、簡単に外れることはありません。
ただし、メッシュが固定されるまでは時間がかかるため、場合によっては“タッカー(ホッチキスのようなもの)”で軽く固定しておくこともあります。当院では、タッカーも吸収性の素材を使用し、患者さんへの負担を軽減しています。
また、コヴィディエン社のプログリップというメッシュは、組織と接する面に吸収性の“マイクログリップ”というマジックテープのようなザラザラした突起がついていて、一時的に固定することができます。
術直後にメッシュがずれてしまう主な原因は、メッシュが完全に固定していない期間に、重い荷物を持ち上げる、腹筋運動をする、排便のために強くいきむ、などお腹に圧力がかかる動作をした場合です。
一方、手術から時間が経っていても、稀にメッシュがずれてしまうケースもあります。例えば、大きな体重変化がその原因のひとつです。メッシュは固定されていても、腹壁の筋肉の厚み自体が薄くなったり、脂肪が急激に増えたり減ったりすることで、メッシュの位置そのものが、ヘルニアの部分からずれてしまうことがあります。また慢性便秘や持続的な咳などによって、メッシュがずれることがあります。
メッシュが固定されるまでは、約1週間から最長で1ヵ月程度かかることを考慮し、術直後はお腹に力がかかるような動作を避けることで、メッシュがずれるリスクを減らすことができます。西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門COKUでは、通常術後2週間は長時間の運動や筋肉トレーニングをしないように指導しています。ただし、巨大なヘルニアの場合は少し長くお伝えしたり、逆に小さなヘルニアの場合は、症状が落ち着いた時点で、運動再開が可能とお伝えしたりすることもあります。患者さんによって、当然経過が異なりますので、運動再開時期については術後の外来で相談していきます。
その他、喘息やアレルギーなど、咳が連続する持病がある方や、慢性便秘の方は、治療をしっかりとおこない、咳や排便の際のいきみを回避することも大切です。また、メッシュが固定された後も体重管理に気を付け、極端に太ったりやせたりしないようにすることも大切です。