西宮敬愛会病院COKU鼠径ヘルニアセンター消化器外科部長の三賀森学です。
今回は「鼠径ヘルニア手術の習得方法」について、最新のガイドラインや論文を交えて詳しく解説します。
鼠径ヘルニアとは、「足の付け根が膨らんだり押すと戻ったりする」状態で、長時間立つと膨らみが顕著になり寝るとわかりにくくなる症状です。
この鼠径ヘルニアの手術は、泌尿器科ではなく「外科」が担当します。
外科はさらに細かく「消化器外科」「心臓血管外科」「呼吸器外科」「乳腺内分泌外科」などに分かれており、鼠径ヘルニアは主に「消化器外科」の範囲内で扱われます。ただし消化器外科内にも専門分野が分かれているため、鼠径ヘルニアグループが独立していない場合は、胃や大腸の外科医が持ち回りで担当することが多いです。
多くの総合病院では、修練医(レジデント)が指導医と共に鼠径ヘルニア手術を行い、外科医の基礎手技の習得に役立てています。
日本では鼠径ヘルニア手術は年間約15万人が受ける、最も多い外科手術の一つです。
そのため、外科医は研修医やレジデントの時期に鼠径ヘルニア手術を習得し、将来は指導医として後輩を教える役割を担います。
近年では腹腔鏡手術が増え、主にTAPP法(腹腔鏡で腹腔内から修復)とTEP法(腹壁の間から修復)が普及しています。
日本ではTAPP法が多い一方で、海外ではTEP法の割合が高い傾向にあります。
大病院では消化器外科では消化器癌手術を主に行い、鼠径ヘルニア手術は週1〜2日程度の短時間枠で実施されるため、担当医1人あたりの手術件数が限られ、症例の偏りや待機期間が発生しやすいのが現状です。特に都市部ではこの傾向は顕著だと思います。
鼠径ヘルニア手術の技術を安定させるにはどのくらいの経験が必要でしょうか?
2024年発刊の「鼠径部ヘルニア診療ガイドライン(第2版)」では、TAPP法で手術時間が安定するまでに14〜65例、合併症と再発の低減には40〜50例の経験が必要とされています。TEP法では手術時間の安定に13〜80例、再発予防に30〜40例、さらに長期で450例の経験が望ましいとする報告もあります。
2023年の論文(Surgical Endoscopy誌 (Surg Endosc 37(4):2453-2475)「Learning curve of laparoscopic inguinal hernia repair: systematic review, meta-analysis, and meta-regression」)や(Surgical Endoscopy誌 (Surg Endosc 37(4):2826-2832)「Laparoscopic inguinal hernia repair: impact of surgical time in the learning curve」)では、術後合併症を減らすには約32例、手術時間を短縮するには約61例の症例数が必要とされています。
また、当院でも採用している単孔式TEP(SILS-TEP)法に関しては、2022年の論文(Hernia誌(Hernia 26(3):959-966, 2022)「Learning curve of single-incision laparoscopic totally extraperitoneal repair (SILTEP) for inguinal hernia」)では、手術時間と合併症を安定させるには約60例の経験が求められ、熟練には85例以上が推奨されています。また別の論文(Langenbeck’s Archives of Surgery誌(Langenbecks Arch Surg 407(7):3101-3106, 2022)「Learning curve analysis using the cumulative summation method for totally extraperitoneal repair of the inguinal hernia」)では手術成績の改善のために初期学習期間には約100症例が必要であり、さらなる経験の蓄積には加えて103症例が必要であり、203例のTEP法を実施すれば十分な適性が得られるとされています。
最後の論文は、個人的にはとても共感が得られます。安定した手術時間だけであれば確かに50-100例でよいのですが、少し困難な症例や剥離層の細かなこだわりを実現するためにはさらに100例は必要かと実体験では感じています。
当院では3名が鼠径ヘルニア手術を担当し、3名とも習得に必要な症例数を十分に超えています。さらに北海道や名古屋の著名な専門医の手術見学を重ね、知識の更新に日々努めています。
日々の手術でも糸の長さ調整やメッシュの展開方法など、細かな工夫を積み重ねて手術の質を向上させています。
当院はTAPP法とTEP法の両方に対応し、それぞれの剥離層の違いを理解することで、より安全で丁寧な手術を実現しています。
鼠径ヘルニア手術をお考えの方は、経験豊富な外科医が多数の症例を担当している専門病院を選ぶことをおすすめします。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学