鼠径ヘルニアを発症しても、直ちに重大な事態につながるわけではありません。
しかしながら、放置すると膨らみが徐々に大きくなって治療が困難になる可能性があります。また、通常では横になったり、指で押したりすると元の位置に戻っていた膨らみが、ヘルニア門(開いた穴)に挟まれたまま戻らなくなり、嵌頓(かんとん)を引き起こすリスクがあります。鼠径ヘルニアは薬では治癒できず、放置しても自然に治ることはないため、早めの段階で専門の医療機関を受診し適切な治療をおこなう必要があります。本記事では鼠径ヘルニアを放置することのリスクや陥頓が引き起こす疾患、鼠径ヘルニアの治療法などについて詳しく解説します。
鼠径ヘルニアは腸や脂肪組織などの臓器の一部が筋膜の隙間から鼠径部の皮下に飛び出してしまう症状です。腹壁を構成する組織の一部に穴があくという構造的な原因のため、放置しても穴が自然に塞がることはありません。薬では治癒できず根本的な治療は手術になります。ヘルニアバンド(脱腸帯)で脱腸を外から圧迫して抑え込み、痛みなどの症状を緩和する方法はありますが、一時的な措置であり、治るわけではありません。
鼠径ヘルニアを放置すると、次の2つのリスクが考えられます。
鼠径ヘルニアを放置すると、膨らみが徐々に大きくなり、陰嚢(いんのう)にまで広がるケースもあります。膨らみが大きいほど手術時間が長くなる、出血が多くなるなど、治療が難しくなります。また、痛みが増したり、より違和感が強くなったりすることもあります。
鼠径ヘルニアを放置するリスクとして、特に気をつけたいのが嵌頓です。陥頓とは、腸が腹壁から脱出してヘルニア門に挟まったまま締め付けられ、元に戻らなくなる状態のことです。陥頓の発症率はそれほど高くはありませんが、突然起こるものであり予測できないため注意が必要です。
通常の鼠径ヘルニアは横になったり、指で膨らみを押したりすると元に戻ることが多いですが、嵌頓になるとはみ出た腸がヘルニア門に挟まったまま戻らなくなります。嵌頓状態になると鼠径部が硬く大きく腫れるため、強い痛みが生じます。腸管の流れが滞る腸閉塞を引き起こすと吐き気や嘔吐、腹部が膨らんで腹痛などが起こり、さらに腸の血流が悪化して腸管が壊死する絞扼性腸閉塞(こうやくせいちょうへいそく)に発展するなど重篤な状態に可能性があります。
嵌頓を放置すると腸閉塞や腸の壊死、ひいては腹膜炎を引き起こす可能性があります。鼠径ヘルニアになったからといって嵌頓を発症する可能性は高くありませんが、もし、嵌頓になった場合は命にかかわることもあるため、早期の治療が必要です。鼠径部ヘルニアの種類や大きさによっても嵌頓のリスクは異なるため、西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKUでは診察時にリスクを判断して適切なタイミングでの手術をご相談させていただきます。
腸閉塞とは腸管の何らかの原因で口から摂取した飲食物や消化液の流れが腸で滞る病気です。嵌頓になると、ヘルニア門に挟まった腸の一部が締め付けられ、腸閉塞を引き起こすことがあります。腸閉塞を発症すると腹痛や吐き気、嘔吐、お腹の張り、食欲低下などの症状が出ます。
嵌頓になって腸が締め付けられ血流が悪くなると、血流が行き届かなくなった組織が腐って壊死することがあります。壊死した組織を放置すると、細菌や有毒物質が体内を回り敗血症の原因につながります。さらに、腸管に穴があき消化液などが漏れ出ると腹膜炎を引き起こすリスクもあります。腹膜炎になると激しい腹痛や吐き気、嘔吐などが生じ、命にもかかわってきます。
鼠径ヘルニアの根本的な治療は手術になります。手術は大きく分けて腹腔鏡手術と鼠径部切開法があり、どちらも脱出したヘルニア嚢(腹膜がのびた袋状の膜)を剥離して切除、もしくは元の位置に戻す処理をした後、ヘルニア門にメッシュシート(網目状の人工膜)を置いて補強します。
腹腔鏡手術は鼠径部を切開せず、腹腔鏡で腹腔内を観察しながら、細い鉗子で手術する方法です。お腹に1か所(臍に約2cm)もしくは小さな3か所(腹腔鏡用・両手の鉗子用)の5~10mmほどの小さな穴を開けて、スコープや鉗子を挿入して手術をおこないます。メリットとして、手術時間は長いものの、術後の痛みや神経損傷、慢性的な痛みが軽く回復が早い点が挙げられます。
腹腔鏡手術には、お腹の中で鼠径ヘルニアの穴の確認から腹膜の切開・剥離、穴の閉鎖までをおこなう経腹的腹膜外修復法(TAPP)と、お腹の中に入らず、筋層と腹膜の間に腹腔鏡を挿入して手術をする完全腹膜外修復法(TEP)があります。西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKU ではおへその下に約2cmの切開を1カ所だけでおこなうTEP単孔式(SILS-TEP)を主に採用しています。腹腔鏡手術をおこなう際には、患者さまの体格や鼠径ヘルニアの状態に応じてTAPPと使い分けて最適な術式を選択しています。
鼠径部切開法は膨らんだ鼠径部の少し上を切開し、目視で鼠径ヘルニアを確認しながらおこなう手術方法です。前立腺手術の既往のある方や全身麻酔が困難な方は、局所麻酔が可能な鼠径部切開法を選択します。
鼠径部切開法にはさまざまな種類がありますが、西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKU では以下の3つの術式をおこなっています。
■ リヒテンシュタイン法
内鼠径輪を覆うように鼠径管後壁にメッシュを覆う術式。
■ ダイレクト・クーゲル法
形状記憶リングに縁どられ中央にストラップの付いた楕円形のメッシュシートで腹膜のすぐ外側を覆い鼠径部の弱い部分を補強する術式。
■ メッシュ・プラグ法
円錐形にしたメッシュをヘルニア門に挿入して補強する術式。
鼠径ヘルニアを発症しても、すぐに重大な疾患が引き起こされるわけではありません。しかし、放置すると徐々に膨らみが大きくなって治療が困難になったり、嵌頓を引き起こしたりするリスクは否定できません。
実際に嵌頓が起こる可能性は高くありませんが、発症した場合は腸閉塞や腹膜炎などの重篤な合併症を引き起こすケースがあるため手術が必要です。鼠径部の膨らみや違和感、痛みなど、鼠径ヘルニアを疑う症状に気づいたときは、自己判断せず、専門の医療機関を受診し、このまま様子を見て良いか否かを診断してもらうことをおすすめします。
鼠径ヘルニアを発症しても、初期症状であれば、横になったり、腫れを指で押さえたりすると元に戻ります。痛みもほとんどない場合があり、日常生活に影響がないからと放置しがちですが、進行すると腫れが大きくなったり、急に腫れが硬くなったりして、指で押しても引っ込まなくなる嵌頓を引き起こす可能性があります。
嵌頓は急激な痛みや嘔吐などの症状を引き起こし、重篤な合併症につながり緊急手術が必要になります。
鼠径ヘルニアは腹壁の一部の組織に穴があく病気のため自然治癒することはなく、根本的な治療は手術になります。患者さまの体格や鼠径部ヘルニアの種類、大きさによってもリスクは異なるため、鼠径ヘルニアを疑ったら、まずは専門の医療機関に相談することが大切です。
西宮敬愛会病院低侵襲治療部門COKUでは、鼠径ヘルニアや胆のう疾患など、外科的良性疾患に対する治療を専門的におこなっています。腹腔鏡手術を中心に体への負担をできる限り抑えた低侵襲治療で患者さまの状態に応じて、最適な手術を選択しています。消化器外科領域において、経験と資格に基づいた知識と手術手技を有し、先進的な治療を提供しています。鼠径ヘルニアのことで少しでも気になることがあれば、いつでもご相談ください。