当院では定期的に外科手術に関する解説を行います。今回は、鼠径ヘルニア手術で用いるメッシュについて説明いたします。
鼠径ヘルニア(脱腸)の手術において、腹腔鏡、鼠径部切開法にかかわらず、メッシュを用いた術式を「メッシュ法」、メッシュを用いない術式を「組織縫合法」とよびます。組織縫合法はメッシュ法と比較して、再発率が高く慢性疼痛の発生率が高いとされています。本邦の診療ガイドライン(鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015)でも、「成人鼠径部ヘルニアに対して組織縫合法は推奨できるか?(CQ9)」というクリニカルクエスチョンに対して「成人鼠径ヘルニアに対して、原則的には組織縫合法は推奨できない(推奨グレードB)」とされており現在はほとんどの鼠径ヘルニアの手術において「メッシュ法」が一般的に行われます。しかし、ヘルニア嵌頓での緊急手術時に腸液の逸脱など汚染手術となった場合には人工物であるメッシュは使用できず、組織縫合法が必要となる場合もあります。
従来の組織縫合法は、ヘルニア嚢を処理した後に、ヘルニア門を縫合閉鎖することが一般的でしたが、組織を寄せることによる疼痛や再発率が問題となっていました。メッシュ法ではヘルニア門は縫合閉鎖せず、ふたをするようにして治療を行います。組織をよせる緊張を作らない方法という意味で、Tension-free repairと呼ばれています。メッシュに使用される素材はポリプロピレンなど体内で使用されて約60年以上も歴史のある素材となっています。
お腹の底の部分に穴があくことが鼠径ヘルニアの原因ですが、お腹の壁のどこにでも穴が開くわけではありません。男性であれば精管や精索といった精巣につながる構造物の通り道、女子であれば子宮円索という子宮を固定する1つの構造物の通り道が、解剖学的に弱くなっており鼠径ヘルニアの好発部位になります。その中でも外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアの原因となる3か所が特に好発部位です。TEP法やTAPP法では穴と腹膜の間にスペースを作り、メッシュを置きます。手術を終えると、腹膜と筋組織などに挟まれたメッシュは次第に癒着してくっつきます。メッシュのスペースは過不足なく作りますので、メッシュがあらぬところに行ってしまうことはありません。「サンドイッチのパンにはさまれたハム」のようなイメージでしょうか。
前述のようにヘルニア門を縫合閉鎖する組織縫合法では、組織を寄せる緊張による痛みと高い再発率が問題となります。そのためメッシュを使用することでテンションがかからず、痛みが出にくいことと再発率が低いことがメリットとなります。また今ある穴だけでなく、好発部位を広く覆うため他の種類のヘルニアの予防にもなります。
メッシュは人工物であるため、感染した場合には治療が長引いたり困難になったりすることもあります。そのため、鼠径ヘルニアの嵌頓で腸が壊死して内容物(便汁など)で汚染している場合は、メッシュ法は使用できず、組織縫合法で修復する必要があります。メッシュの留置状態が日常生活や妊娠などに影響することはないといわれているため他のリスクは現在のところはありません。
幼少期の鼠径ヘルニアの場合は、ヘルニア嚢の根元をくくるだけで治癒することが多くPott法というメッシュを用いない術式が多く行われます。
メッシュ法が主流である現在、腹腔鏡手術においてもメッシュは使用されます。手術に用いる人工のメッシュは、ポリプロピレンやポリエステルが主な材質であり、網目の細かさや材質量により軽量メッシュ(light weight mesh) と標準メッシュ(heavy weight meshやmiddle weight mesh)と分けられ、各メーカーにより様々なラインナップが揃えられています。
なお、本邦の診療ガイドライン(鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015)では「成人鼠径部ヘルニアに対し推奨されるメッシュの材質は?CQ17」に対して、「light weight mesh使用により、術後に違和感をきたすリスクが低下するが、再発率および重篤な慢性疼痛の発生頻度は変わらない。成人鼠径部ヘルニアの初回手術ではlight weight meshの使用が推奨される(推奨グレードB)」とされています。ただし、この回答の根拠となる論文はいずれも鼠径部切開法であるLichtenstein法によるものです。解説にも、「日本においてもこのエビデンスが適応できるかどうかは不明である。また長期的な再発や違和感に関する結果も不明である。」とされています。最近新しくなった診療ガイドライン(鼠径ヘルニア診療ガイドライン2024)では「鼠径部ヘルニア手術においてどのメッシュが推奨されるか?CQ12-1」に対して、「軽量メッシュと重量メッシュのどちらか一方を強く推奨することはできない。」とされ、すべての鼠径ヘルニアに対して一律には決まっていない状況です。
当院でも鼠径部切開法でのLichtenstein法やMesh-plug法のメッシュはlight weight meshを用いています。ただし、腹腔鏡手術で留置するメッシュの部位は腹膜前腔であり、鼠径部切開法でも同じ部位に留置するKugel法ではheavy weight meshが用いられていることを考えると、light weight mesh一択ではないと考えます。
2021年にAnn Surg誌(Ann Surg 273(5):890-899, 2021)より報告された「Heavyweight Mesh Is Superior to Lightweight Mesh in Laparo-endoscopic Inguinal Hernia Repair: A Meta-analysis and Trial Sequential Analysis of Randomized Controlled Trials」では、12本の研究において、2909名の評価を行っています。Light weight mesh群(1490名)とheavy weight mesh群(1419名)が比較されています。結果は、light weightの使用が再発リスクを増加させ、特に大きなヘルニア欠損においては顕著であったとされています。
術式と同様、メッシュの種類や固定についてもヘルニアの大きさや発生部位により異なります。小さな外鼠径ヘルニアと大きな内鼠径ヘルニアではメッシュに対する考え方も大きく変わってくると思います。
当院では大まかな方針として下記のような判断基準を設けています。基本にはタッカー固定による疼痛をへらすべくなるべくタッカーを用いない方法をとりたいと思っています。なお、病状に応じて変更が必要なこともありますので、すべてがこの限りではありません。
・小さな外鼠径ヘルニアではTEP法で標準メッシュを固定なしでの留置を行っています。TEP法ではメッシュを置くところのみの剥離のため大きくずれるリスクも少なくなるためです。
・中くらいの外鼠径ヘルニアや大きくない内鼠径ヘルニアでは吸収性マイクログリップを用いたSelf-Fixating Meshの使用を考慮いたします。これは本邦で使用可能なメッシュで、接着面にマイクログリップというマジックテープのようなザラザラした突起が約5000個以上ついており、被覆面に固定されメッシュのズレを防止し、タッカー固定に近い効果が期待できます。マイクログリップは、時間とともに吸収され、最終的にはメッシュだけが残ります。これにより吸収前はmiddle weightで吸収後はlight weightという特徴があります。特殊加工のため高価なメッシュですが、保険診療において患者さんの費用負担は変わりません。
・大きな内鼠径ヘルニアの場合は、メッシュそのものがヘルニア嚢内に滑り出すこと(building)が懸念されるため、標準メッシュをタッカー固定することを行っています。
次にそのメッシュの固定について考えてみたいと思います。なお、2022年の腹腔鏡手術におけるメッシュ固定に関する論文(J Am Coll Surg 234(3): 311-325, 2022)が報告されていました。腹腔鏡手術(TEP法、TAPP法)に用いた標準ポリプロピレンメッシュ(middle-heavy weight meshに相当)と軽量メッシュ(light weight meshに相当)をタッカー(固定用ホッチキス)、フィブリン接着剤(本邦では使用不可)、固定なしの3群で評価されています。結果は、対象25190例のうち、再発のため再手術を受けたのが924例(3.7%)で、固定なしの標準メッシュ、タッカーを用いた標準メッシュ、フィブリン接着剤を用いた標準メッシュ、フィブリン接着剤を用いた軽量メッシュが同等であり、タッカーを用いた軽量メッシュと固定なしの軽量メッシュは、再発のリスクが増加すると報告されています。本邦ではフィブリン接着剤の認可が下りていませんので、この結果を本邦の現状にあてはめると標準メッシュの固定なしの使用が推奨されます。
手術の内容が少し変わりますが、腹壁ヘルニア(おへそや昔の手術の傷のあとの膨らみ)の手術で腹腔内から癒着防止メッシュを固定するIPOMという術式があります。固定には鼠径ヘルニアでも使用するタッカーを用いるのですが、多くの固定が必要となり術後の疼痛が多い印象があります。この腹壁ヘルニアの手術の手技を筋肉の後鞘前にメッシュを留置する方法(Rives-stoppa法)に変えると疼痛が軽減した経験があります。
これは鼠径ヘルニアの手術にも一部あてはまるだろうと考えており、なるべくタッカーによる固定は避けたいという思いがあります。近年学会でも、タッカーを使用するときはあまり押し付けないで固定するとか、針糸で直接縫合するといった先生方の発表も見受けられました。そのため当院では、鼠径ヘルニアの種類や大きさによって使い分けております。大きな鼠径ヘルニアの場合には、メッシュの早期の滑り出しを防ぐために固定が必要と考えますが、小さなヘルニアでは標準メッシュの固定は必須ではないと考えています。
メッシュの正確な癒着時期ははっきりしていませんが、術後2週間は激しい運動などはさけていただくようにお伝えしています。また手術後は剥離した範囲などがむくんだり、多少の違和感があったりします。おおよそ2週間で違和感も消失してきますので、そのころが運動開始の時期としてよいかと考えています。術後の安静期間については学会でも議論の余地がありますが、違和感などの症状がとれれば再開というのは妥当かと思います。
当院ではヘルニアの状況に応じて、再発リスクと疼痛リスクがなるべく低くなるように様々なメッシュを用意して、その中から最適と考えられるものを選択していきたいと思います。外来では各種メッシュのサンプルもお見せして説明いたします。ご不明な点があればご質問ください。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学