今回は、全身麻酔による手術後の吐き気について考えてみたいと思います。
術後に吐き気がしたり吐いてしまったりすることを、医学用語では「術後悪心・嘔吐(PONV:Post-Operative Nausea and Vomiting)」といいます。発生頻度は一般的に約30%の割合で発症し、辛い思いをされる患者さんもいらっしゃるため避けたい麻酔合併症の一つです。
2020年に米国PONVガイドラインが発表されました。
「Fourth Consensus Guidelines for the Management of Postoperative Nausea and Vomiting」(Gan TJ, et. Anesth Analg 131: 411-448, 2020)
解析されたPONVのリスク因子として、最も関連されている項目は「女性」とされ、男性に比べて女性は約2.6倍も頻度が高いとされています。続いて、「術式」でガイドラインでは、腹腔鏡手術、婦人科手術、胆のう摘出術が取り上げられています。ほかに、「吸入麻酔薬」「PONV既往や乗り物酔い」「非喫煙者」「長時間手術」「50歳未満」となります。
ガイドラインにはPONVの発生率を評価するスコアとして、「Apfel simplified score」が使われます。女性・非喫煙者・PONV既往や乗り物酔い・術後オピオイド使用の4つのリスク因子のうち、項目が1つ当てはまるごとに約20%ずつPONVの発生率が増加するというものです。問診でわかるものですので、術前診察でお聞きします。
なお、当院では胆石や胆のうポリープなどに対して腹腔鏡胆のう摘出術を行っていますが、胆石のできやすい方の特徴として、太っている(Fatty)、40から50歳代(Forty-Fifty)、女性(Female)、たくさんお産をされた方(Fertile)とされ、英語の頭文字をとって4Fと言われています。これは、PONVのリスク因子と重なる項目が多く、女性の胆のう手術の際には、特にPONVに留意する必要があると考えられます。
PONVの予防のためには、まずは予防薬剤の使用が挙げられます。
制吐作用を期待していくつか使用される薬剤があります。
まずは、ステロイドです。主にデキサメタゾンが使用されます。効果の発現までに、時間を要するために手術開始後早期に投与されます。単回使用ではステロイドの副作用として一般的な血糖や感染に関しての問題視は必要ないとされています。
次にドロペリドールです。手術の終了時に投与します。錐体外路症状や心電図でのQT延長に注意が必要とされています。
次に、メトクロプラミド(プリンペラン)です。病棟で嘔気のある方によく使用される薬です。副作用も大きなものがなく使いやすい薬ではあります。
海外では、PONVの予防・治療薬としてゴールデンスタンダードであったセロトニン(5-HT3)受容体拮抗薬(オンダンセトロンとグラニセトロン)が2021年に日本でも「術後の消化器症状(悪心・嘔吐)」に使用することが許可されました。もともと日本でも5-HT3受容体拮抗薬は抗がん剤に対する制吐薬として長らく使用されてきました。
抗がん剤に対する制吐薬は様々なものが使われ、5-HT3受容体拮抗薬(第一世代)であるオンダンセトロンやグラニセトロンなど、5-HT3受容体拮抗薬(第二世代)のパロノセトロン、NK1受容体拮抗薬であるアプレピタント、多受容体作用抗精神病薬であるオランザピンなどがあげられます。
米国PONVガイドラインではオンダンセトロンが最も一般的に使用・研究されている5-HT3受容体拮抗薬とされています。
5-HT3受容体拮抗薬の作用機序としては、延髄にあるCTZ(chemoreceptor trigger zone)や求心性迷走神経の5-HT3受容体に作用して、嘔吐を抑制すると考えられています。なお、投与タイミングですが、「患者背景や術式等を考慮し、術前から術後の適切なタイミングで投与してください」とされております。
日帰り手術を行う上で、PONVは大きな障害となるため当院でもPONVを予防することは重要な課題と考えています。そのため、腹腔鏡手術ではオンダンセトロンやグラニセトロンの投与を麻酔科医師と相談し積極的に使用しています。また、腹腔鏡下胆のう摘出術では、前述のようにPONVのリスク因子の高い患者さんも多く、5-HT3受容体拮抗薬に加えて他の制吐薬の投与なども検討を行います。
当院では、術中麻酔は麻酔科の専門の先生方にお願いしています。薬剤の選択や麻酔方法の選択など、患者さんごとに適したものを相談しながら選択していきたいと思います。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学