当院では患者さんやご家族に役立つ医療情報を定期的に発信しています。
今回は、鼠径ヘルニア(脱腸)の手術方法と術式の特徴について詳しく解説いたします。
鼠径ヘルニアの手術には大きく分けて以下の2種類があります。
どちらが優れているかについては議論が続いていますが、鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015では「手技に十分習熟した外科医が行う場合には腹腔鏡手術が推奨できる」とされています。
再発率は両術式で同等ですが、腹腔鏡手術は手術時間が長い反面、術後の疼痛や神経損傷、慢性疼痛が少なく、回復が早いという特徴があります。
Hernia誌(Hernia 23(3): 461-472, 2019)の報告では、12のランダム化比較試験(腹腔鏡手術群2040名、鼠径部切開法群1926名)を統合解析した結果、再発率に有意差はありませんでしたが、腹腔鏡手術群で急性・慢性疼痛が少ないことが示されています。
次に腹腔鏡手術におけるTEP法とTAPP法の違いについて解説します。
腹腔内には入らず、腹壁の筋膜と腹膜の間を剥離してヘルニア門まで到達し、メッシュで修復する方法です。腹腔内合併症のリスクが低い点が特徴ですが、解剖の理解と手技の習熟が求められます。
腹腔内からヘルニアの部位を確認し、腹膜を切開・剥離後にメッシュでヘルニア門を覆い、最後に腹膜を縫合する方法です。
Hernia誌(Hernia 25(5): 1147-1157, 2021)のメタ解析(TAPP 702名、TEP 657名)によると、再発率や慢性疼痛、術後早期の疼痛、手術時間、創部合併症、復帰時期、費用面のいずれにも有意差はありませんでした。同論文では結語に、「これ以上比較をしても両術式に差は出ないのではないか」とも書かれています。
欧米ではTEP法が主流ですが、日本では腹腔鏡手術の約8割がTAPP法で行われています。その背景には、日本では腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術がTAPP法から始まったこと、腹腔鏡手術を担当する消化器外科医が腹腔内アプローチに慣れていることなどが挙げられます。
ここまでの内容をまとめると:
ということになります。
当院の見解として、最適な術式は患者さんの体格やヘルニアの状態によって異なります。
患者さんの身長、骨盤の大きさ、腹直筋の厚さも術式選択に影響します。
西宮敬愛会病院COKU鼠径ヘルニアセンターでは腹腔鏡手術(TEP法・TAPP法)を中心に行いながら、患者さんの状態に合わせて鼠径部切開法も選択可能です。われわれはTEP法もTAPP法も鼠径部切開法も経験を積んできており、以下のフローチャートのように適応を考えております。またTEP法は一つの傷で行う単孔式TEP法(SILS-TEP)を行っております。術式に関しては、患者さんの状態やご希望もふまえて検討いたしますのでぜひご相談ください。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学