当院では鼠径ヘルニア(脱腸)の診察・治療を行っています。
皆さんは鼠径ヘルニアがどのような病気かご存じでしょうか。典型的な症状は、「足の付け根が膨らんだり、押すと膨らみが引っ込んだりする」、「長い時間立っていると足の付け根が膨らみ、寝た状態だと膨らみがわかりにくくなる」等です。日本ではまだ鼠径ヘルニアという病気が浸透しておらず、一般の方へのアンケートによると鼠径ヘルニアや脱腸という言葉を約8割の人が聞いたことがあるが、症状と鼠径ヘルニアという病名が一致しているという人は約1-2割といわれています。
(そけいヘルニアノート参照:https://www.hernia.jp/notice/about_inguinal-hernia/)
鼠径ヘルニアは症状が現れる場所が足の付け根であるため、恥ずかしさがあり受診をしない方も多くいます。また、他の疾患で受診しても一般的な診察ではズボンを太ももまで下ろすことが少ないために気が付かない、診察時に初めから横になってもらうことが多いので鼠径ヘルニアが引っ込んでしまい気が付かないということもあります。そのため、鼠径ヘルニアに慣れている医師に診察してもらうことが必要です。
今回は、足の付け根や下腹部が膨らむ病気として代表的である鼠径ヘルニアに加えて、よく鼠径ヘルニアと間違えられる病気や、かなり頻度が低いですが鼠径ヘルニアと区別が紛らわしい病気などを紹介したいと思います。
下のイラストでは、鼠径部や大腿、下腹部といったご相談いただくことが多い部位を示しています。
立つと膨らみが出現し横になると消える疾患の代表的なものは、鼠径ヘルニア(脱腸)です。イラストに表している丸で囲った斜線部分を鼠径部といい、この部分の筋膜が弱くなって、本来ならお腹の中にあるはずの腹膜や腸の一部が筋肉の隙間から皮膚の下に出てくる病気が鼠径ヘルニアです。
穴の場所の違いで外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニアと3つのタイプに分かれます。大きさはさまざまで指先大~子供の頭くらいになることもあります。
膨らみが大きくなり長い期間お腹の中の脂肪などがはまり込んでいると、横になっても消えないこともあります。また膨らみが急に硬くなったり、腫れた部分が押さえても引っ込まずに、お腹が痛くなったり、吐いたりすることもあります。これをヘルニアの嵌頓(かんとん)や急性非還納性ヘルニアといい、緊急の手術が必要になることもあります。
鼠径部から少し場所がずれたお腹の壁(腹壁)に穴があいて、鼠径ヘルニアと同じようにお腹の腹膜や腸の一部がでる病気が腹壁ヘルニアです。
おへそが膨らむ場合は、臍ヘルニアといいます。
過去に手術を受けて切ったところが膨れる場合は、腹壁瘢痕ヘルニアといいます。
鼠径部のやや上で腸骨とおへその間のラインで穴が開いている場合、Spigelianヘルニアの可能性があります。
お腹の壁に穴が開いているわけではないのですが、お腹の筋肉の一部が麻痺して緩く伸びてしまい、立つとその部分が膨らむことがあります。
この麻痺の原因としては帯状疱疹の影響が言われています。お腹に帯状疱疹ができた場合に起こることがあります。
太腿には大伏在静脈という血管があります。静脈の逆流防止弁が機能しなくなると、うっ滞した血液により静脈が膨れて瘤(コブ)のようになってしまいます。太腿の静脈である大伏在静脈に静脈瘤がおこると鼠径ヘルニアのように膨らんだり消えたりするように見えることがあります。
また妊婦では、子宮が大きくなって骨盤内の静脈が圧迫されることで、鼠径部を通る子宮円索に静脈瘤を起こし、同様の膨らみに見えることがあります。静脈炎や血栓性静脈瘤になると痛みを伴うこともあります。
鼠径ヘルニアでは立つと膨らみが出現し、横になると消えることが典型的ですが、お腹の脂肪などが長い期間出たままでヘルニア嚢と癒着などが起こり戻らなくなると、膨らみが持続してる状態になります。
また、鼠径部が膨らんでいるが、お腹の腹膜や腸などが脱出していないことがあります。これは、鼠径部を通る精索や子宮円じん帯や腹膜と筋膜の間の脂肪(腹膜前脂肪)に脂肪腫といわれる脂肪の塊が脱出している状態で、ヘルニア嚢をもたないため、saclessヘルニアといわれます。治療は、脂肪の除去およびヘルニア門をメッシュで覆うことで通常の鼠径ヘルニアと同様の手術が行われます。
これらの病気は小児外科の疾患としてもよく知られていますが、成人でも幅広い年齢で見られます。胎生期に腹膜が鞘状に飛び出したもの(腹膜症状突起)が引っ込まないで残った状態で、そこに水がたまると水腫になります。陰嚢に水がたまることを陰嚢水腫、鼠径部に水がたまることを精索水腫、女性の鼠径部に水がたまることをヌック管水腫といいます。水の貯留なので、しこりとしてふれます。押してもすぐにへこんだりはしませんが、日や月の単位で大きさが変化することがあります。女性のヌック管水腫の場合、異所性子宮内膜症を合併していることが比較的多くあり、生理周期により大きさが変化したり痛みなどの症状がでたりすることがあります。
アテロームとも呼ばれます。粉瘤は皮膚の内側に袋状の構造物ができて、垢などの老廃物がその袋の中にたまってできたものです。たまった老廃物が大きくなると膨らみも大きくなります。身体のどこにでもできますが、鼠径部や太腿にできることもあります。
鼠径部はリンパ組織が豊富な場所であり、さまざまな病気が原因でリンパ節が腫れることがあります。まず原因の一つとして挙げられるのが感染です。太腿に怪我をして、細菌感染が広がると、鼠径部のリンパ節が腫れることがあります。また、他にリンパ節が腫れる原因としては、がんなどの悪性疾患によるものがあります。具体的には、悪性リンパ腫やさまざまな癌の鼠径部へのリンパ節の転移です。だんだんと大きくなり、ゴロゴロと数珠状に複数個触れることがあります。
・脂肪肉腫:精索脂肪腫や腹膜前腔の脂肪組織から発生した悪性腫瘍(軟部肉腫)の一種です。後腹膜から発生して鼠径管内まで進展すると、鼠径ヘルニアにように膨隆を認めることがあります。
・子宮円靭帯に発生した平滑筋腫:子宮円靭帯は子宮を支持する繊維性索状物で、平滑筋や脂肪、リンパ管、神経などにより構成されています。平滑筋腫は筋成分の一種である平滑筋から発生する腫瘍です。
・鼠径部mesothelial cyst:「mesothelial cyst」は体腔漿膜を覆う中皮細胞に由来する嚢腫で、ヘルニア嚢内や周囲に発生することで鼠径部の膨隆を認めることがあります。
・精巣・精索疾患:原発の精巣腫瘍(精巣癌や精巣上体乳頭状嚢胞腺腫)や他癌の精巣への転移、精索悪性中皮腫により精巣の増大を認めることがあります。
・類内膜癌や腹膜偽粘液腫、癌の腹膜転移:腹膜の一部であるヘルニア嚢内に癌ができたり、腹膜転移があると鼠径部のしこりとして固く触れることがあります。
当院では臨床的な診察(立位と仰臥位での視診・触診)に加えて、診断の補助に高性能のCT検査(腹臥位CT)も用いています。初診時に撮影することも可能です。鼠径ヘルニア(脱腸)でお悩みの方はまずはご相談ください。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 消化器外科部長 三賀森 学
西宮敬愛会病院 主任部長 大塚 正久