「日帰り手術」は、手術を受けた数時間後にご自分で歩いて帰宅できる治療です。欧米では一般的な手術方法として知られており、日本でもその安全性と利便性から積極的な導入が始まっています。背景には、医療技術や医療機器の進歩により患者様の負担の少ない術式が確立されてきたことや安全性の高い麻酔方法などにより日帰りで受けられる手術が増えていることが挙げられます。
いわゆる脱腸と呼ばれる鼠径ヘルニアの手術においても、近年では日帰りで行えるところが増えてきました。しかし、まだ鼠径ヘルニアの日帰り手術の普及は過渡期であり、日帰り手術を行う医療施設がまだ多くはないため、日帰り手術が選べない方もいます。
さて、鼠径ヘルニア手術は日帰りで本当に大丈夫なのでしょうか?
結論から言うと、答えは「ほとんどの方は大丈夫」になります。
ここからは、鼠径ヘルニア手術が行われている背景や日帰り手術のメリット・デメリットについて解説を行いたいと思います。
また「当院での取り組み」もあわせてご紹介いたします。
鼠径ヘルニア手術のうち日帰り手術が占める割合は2022年時点で6.9%と言われています。総合病院で日帰り手術センターのようなユニットを持っている病院も増えてきましたが、まだそこまで多くないため、約90%以上の方は病院に入院して治療を行っているということになります。また、鼠径ヘルニア手術の入院施設での全国の平均在院日数は約4.5日間となっています。この数字には合併症の多い方や緊急手術の方も含まれていますが、多くの総合病院ではクリニカルパス(標準的な治療計画)で3泊4日や4泊5日などと決まっているため比較的長い入院になります。
ここでは詳細は省きますが、総合病院の多くはDPC対象病院のため、疾患ごとの特定入院期間もこの設定に影響します。患者さんごとに細かく入院予定を変えると大きな病院では様々な部署が関連して動くため、システムが複雑になってしまいます。そのため少し余裕を持たせた入院期間でクリニカルパスを作成してそれに沿って動くことになります。
総合病院における鼠径ヘルニアの手術件数は様々ですが、おおよそ50-200件/年となります。200件/年ほど行っている病院は多い方ですが、大きな病院では外科医の数も多いため一人あたりの執刀担当数は少なくなります。以前「鼠径ヘルニア手術の習得について」という記事を書かせていただきましたが、十分な手術経験をしている外科医がいるかどうかはよく調べる必要があると思います。
総合病院の特徴としては、循環器内科などのさまざまな診療科がそろっていることです。また集中管理が可能な集中治療室(ICU)を備えているところも多いため、呼吸機能や循環機能、腎機能などがとても悪い患者さんの手術は各科の協力が可能な総合病院で行う必要があります。
鼠径ヘルニアの日帰りクリニックが全国でも増えてきています。多くの場合、外科医1名が手術を行い、看護師さんが助手やスコピスト(腹腔鏡手術のカメラ担当)を行います。麻酔は外科医自身が行う自家麻酔や麻酔科医が行う場合など様々です。鼠径ヘルニアを専門で行っているため、外科医が経験する症例数は多く、同じ疾患を行うため治療の流れもシステマチックになっています。
一方で、日帰り専門のクリニックは術後に入院を要する場合に対応が難しいため、手術を行う患者さんの条件を厳しくせざるを得なくなります。
実際に鼠径ヘルニアの患者さんの診療をしていると、日帰り手術のニーズはとても多くあります。しかし、それと同様に日帰り手術に対する不安や短期入院の希望も多く耳にします。その両方のニーズにお応えできるように、当院では日帰り手術にも短期入院にも対応できるように施設・設備を整えています。
「日帰り手術を予定したいけど術後の状態でやっぱり入院したいかも」という場合も対応可能です。
また当院の手術体制はこちらにも書かせていただきましたが、「外科医2人体制」で、「麻酔科医は専従で全身麻酔に対応」しています。術前検査においてもCTなどを備えているため多くの場合は初診日に検査すべてを行うことができます。
日帰り手術を希望される方はどのような方が多いのでしょうか?仕事が忙しい方やお子さんが小さい方は長期間の入院が難しいため、日帰り手術のメリットがあります。またご高齢の方は入院が長くなると体力の低下を不安視されている方もいらっしゃいます。
実際には、術後の嘔気(PONV)は出現する方の頻度は低いですし、家に帰られないほどの症状はまれです。また術後の痛みも鎮痛薬で対応できる方がほとんどです。あまり年齢層に関係なく、基本的にはとても大きなご病気(心臓や腎臓、肝臓など)がなく、普通の体力があれば日帰り手術の適応になります。当院でもお元気な80歳台の方も日帰り手術を受けていただいております。つまり、先ほどの答えとなりますが、「ほとんどの方は日帰り手術が大丈夫」です。
一方で、どのような方は日帰り手術が向いていないでしょうか?
一つは合併症を多くお持ちの方です。心臓の治療後で複数の血をサラサラにする薬が止められないなどの場合には経過を十分にみる必要があり、前述のように各科がそろっている総合病院での治療が適しています。腎臓が悪く透析中という方や、肝硬変で腹水のある方も全身麻酔の影響が抜けにくく、入院での治療が必要になります。これらの病状は術前に確認し、当院でも重度の心臓の疾患をお持ちの方や肝硬変の方などは総合病院に手術を紹介することもあります。
もう一つは手術や全身麻酔に対する不安が強い方です。
「手術後の痛みは大丈夫かな?」「全身麻酔は初めてだけど大丈夫かな?」このような思いは、誰しもが持つものです。手術にまったく不安がない方の方が少ないと思います。当院でも初めて手術を受けられる方は多く、なるべく丁寧に手術や術後の経過を説明して不安を少しでも取り除けるようにお話します。
治療上の工夫としては、手術後の痛みをなるべく軽減するように術中の鎮痛薬の投与や局所麻酔によるブロック注射も行っています。術後の吐き気を軽減するため制吐薬も工夫し、リスクの高い方には全静脈麻酔(TIVA)の選択を麻酔科Drと相談して行っています。
しかし、痛みや吐き気などどんなに工夫してもこれらを完全にゼロにすることはできません。特に痛みに関しては感じ方に個人差があり、同じ小さな傷でも「まったく痛くない」という方から「やっぱり痛みますね」という方までさまざまです。痛みは血圧のように測定できないため、感じ方にも違いがあります。特に術前の不安の強い方は痛みを強く感じられる傾向があるように思います。
そのような場合、当院では最初から入院での治療を選んでいただくことも可能ですし、また日帰り手術のつもりでも術後の経過で痛みや吐き気が強い場合にはそのまま入院していただくことも可能です。
これらの痛みや吐き気は多くの場合一日でかなり軽減します。そのため、症状のある術当日を病院で過ごしていただくことで安心していただけるかと思います。
日帰り手術には前述のように多くのメリットがあるため、当院では術後の鎮痛や吐き気予防に様々な工夫を行っております。薬剤の使用だけでなく、手術時に剥離する深さや範囲なども十分に注意して行っています。また回復室では飲水やトイレ歩行など看護師の見守りの中、一つずつ確認を行っていきます。
一方で、日帰り手術が不安という方は入院が可能です。お部屋も個室、4人部屋を揃えております。Wifiも完備しており、テレビや雑誌が見られるタブレットもご利用いただけます。手術後にゆっくりとお過ごしいただける環境をご用意しています。
当院では現在のところ鼠径ヘルニア手術では約75%の方が日帰りを、約25%の方が入院で治療をされています。
また日帰り手術ではご自身の車や自転車での運転では帰宅できませんが一泊後には可能ですので、お車で来て帰りたいという遠方の方は一泊入院で手術を受けていただけます。駐車場は無料でご利用可能です。
初めてでどちらが良いか想像ができないという方は、「日帰り手術を受けたいけど、もし術後しんどかったら入院したい」と言っていただいても対応可能ですので受診時にご相談ください。
※西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 COKU外科部門では、鼠径ヘルニア(脱腸)や胆のう疾患に対して傷の小さな腹腔鏡手術を中心に行っています。鼠径ヘルニア手術では日帰りか短期入院かを選択いただけます。また土曜日の診察・手術も行っています。足の付け根のしこりや膨らみが気になる方はご相談ください。紹介状不要で受診いただけます。当院のホームページはこちらです。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学