手術にまつわるトピックを定期的にあげていきたいと思います。
今回は、腹腔鏡手術後に起こることのある肩の痛みについて考えてみたいと思います。
腹腔鏡下胆のう摘出術や婦人科領域の腹腔鏡手術において、術後に肩の痛みがでることがあります。お腹にしか傷がないのに、肩が痛むというこの現象には様々な原因が考えられています。手術中お腹を膨らませるために使用する二酸化炭素ガスを原因とするアシドーシスによって横隔膜や横隔神経が刺激されて痛みが生じるメカニズムや、気腹による腹膜や横隔膜の進展によるものが報告されています。治療介入が必要なことは少ないとされますが、手術部位とは関係ない部位の痛みのため不安に感じられる方もいらっしゃいます。
腹腔鏡手術で使う医療ガスについて考えてみたいと思います。まず、腹腔鏡手術を行うためには、ガスを送り込んでお腹を膨らませることが操作スペースの確保のために必要になります。腹腔内に送気するには、次のような条件がそろった気体である必要があります。
①引火性や爆発性がないこと
②無色透明であること
③患者さんおよび手術スタッフへの害がないこと
④吸収が早く体内から容易に排出されること
⑤安価であること
例えば酸素は引火性がありますし、吸収がよくない気体だと空気塞栓(血管内の空気が肺に詰まること)のリスクがあります。腹腔鏡の手術では多くの気体を使用するので、コスト面も重要です。そのようなことから、これらの条件を満たす気体として、現在腹腔鏡手術時に使用するガスは二酸化炭素が一般的になっています。消化器内視鏡で観察時に腸内を膨らます際にも、二酸化炭素ガスを使用します。
腹腔鏡手術時に用いる気体は二酸化炭素ですが、実際に使用する際には気腹装置により腹腔内に送り込む圧の設定が必要となります。一般的には<12mmHgが低圧気腹、12-15mmHgで通常圧気腹、15mmHg以上で高圧気腹と考えられています。気腹圧が高いほどお腹の膨らみは大きくなり、操作スペースが広くなるのですが、その一方で皮下気腫(皮膚組織の間にガスが入り込むこと)や空気塞栓、圧による門脈血流の低下のリスクが高くなるとも言われています。また、横隔膜の過伸展は前述のとおり肩の痛みの原因にもなっているかもしれません。
2020年にSurgical Endoscopy誌(Surg Endosc 34(7):2878-2890, 2020)より報告された「The impact of intra-abdominal pressure on perioperative outcomes in laparoscopic cholecystectomy: a systematic review and network meta-analysis of randomized controlled trials」では、22本の研究(2909名)においてシステマティックレビューが行われています。バイアスリスクがあるためさらに研究を要するとの注釈がありますが、結果は低圧気腹群で標準圧気腹群より肩痛を含む術後疼痛や入院期間が減少したという報告があります。
また、2022年にSurgical Endoscopy誌(Surg Endosc 36(10):7092-7113, 2022)で発表された「Low-pressure versus standard-pressure pneumoperitoneum in laparoscopic cholecystectomy: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials」では、待機的腹腔鏡下胆のう摘出術において異なる気腹圧で比較した44のランダム化試験のシステマティックレビューとメタアナリシスが行われ、入院期間や合併症には差がなかったが、術後の疼痛と鎮痛薬の消費量では低圧気腹において有意に低かったと報告されています。肩痛に関しては、このうち12の研究で解析され低圧気腹群で肩痛の発生率が有意に低かったとされています(1032人、RR 0.48, 95%CI 0.39 to 0.60)。
私の感覚ですが、腹腔鏡手術が始まった当初は各施設において12mmHg~15mmHgで気腹をしていた印象がありますが、最近は8-10mmHg程度で行っているところが多いような気がします。肝切除や視野の取りにくい患者さんの時にはスペースの確保や止血のために気腹圧を挙げることもあります。しかし、鼠径ヘルニア(脱腸)や胆のう摘出術では操作スペースの確保が比較的容易なため、われわれの施設でもこれらの腹腔鏡手術は8-10mmHgで行っています。
低圧気腹が可能であればそちらを選択した方がよいという方針が確認できました。ほかに、肩痛の改善のために研究されている課題としては、手術後の遺残ガスについて複数の論文が報告されています。経験的にも腹腔鏡手術の数日後にCT検査が必要な方の所見をみると、多くの方で腹腔内にガスが遺残しています。横隔膜の下のガスの貯留が、横隔膜を伸展させて刺激になっている原因かもしれません。
この遺残ガスを減らす方法として、ドレーンといって腹腔内に管を入れる方法もあります。しかし、侵襲の少ない手術ではドレーンを留置することがありませんのでこの方法は現実的ではありません。ほかの方法を調べてみると、手術終了前の人工呼吸中に肺をしっかりと膨らませて横隔膜を押し下げてガスを追い出すという方法の論文が見られました。
2021年のWorld Journal of Surgery誌(World J Surg 45(12):3575-3583, 2021)「Pulmonary Recruitment Maneuver Reduces Shoulder Pain and Nausea After Laparoscopic Cholecystectomy: A Randomized Controlled Trial」では、147人の腹腔鏡下胆のう摘出術患者さんをPRM群(pulmonary recruitment maneuver)と通常群の比較が行われました。PRM群は手術終了時に、1分間高めの圧で換気を行い腹腔内の二酸化炭素を体外に追い出す方法です。PRM群で術後の肩痛と嘔気が軽減したという結果でした。2023年のSurgical Endoscopy誌(Surg Endosc 37(11):8473-8482, 2023)の「The influence of the pulmonary recruitment maneuver on post-laparoscopic shoulder pain in patients having a laparoscopic cholecystectomy: a randomized controlled trial」でも、ランダム化比較試験においてPRM群が従来群より肩痛を減らすという結果を報告しています。
術後の疼痛や嘔気に関して、多くの報告がされています。実際に論文を読んで吟味し、臨床に役立ちそうなことは麻酔科の先生たちともしっかり検討して、少しでも手術を楽に受けていただけるように知識もアップデートしていきます。
※西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 COKU外科部門では、鼠径ヘルニア(脱腸)や胆のう疾患に対して傷の小さな腹腔鏡手術を中心に行っています。鼠径ヘルニア手術では日帰りや短期の入院を選択いただけます。また土曜日の診察・手術も行っています。足の付け根のしこりや膨らみが気になる方はご相談ください。紹介状不要で受診いただけます。ホームページはこちらです。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学