西宮敬愛会病院COKU鼠径ヘルニアセンターでは、「鼠径ヘルニア(脱腸)」に対する治療を専門的に行っております。特に腹腔鏡手術を中心に、日帰りもしくは短期入院での低侵襲治療を提供し、患者様の負担軽減に努めています。
「お腹の壁が弱くなり、腸が外に飛び出すことで起こります。」
鼠径ヘルニアは、お腹の底(鼠径部)の組織が弱くなることで発生します。特に男性の場合、精巣につながる管(精索)が通る部分が構造的に弱いため、ヘルニアができやすい傾向があります。
私たちは最新の医学書・専門雑誌を活用し、解剖学的構造(内側臍ヒダ、腹膜前筋膜など)の理解を深めています。腹腔鏡手術では正確な剥離層の把握が重要で、知識の理解が痛みの軽減や再発予防につながるため、学会・研究会で常に知識をアップデートしています。とくに医学雑誌は特集として細かな分野がピックアップされていることもあり、知識を深めるのに役立ちます。「特殊な鼠径ヘルニアの治療」とか「腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術のピット&フォール」などすぐに役立つ具体的な知識が得られます。
「右側がやや多く、ヘルニアのタイプで多いのは外鼠径ヘルニアです。」
2024年に日本ヘルニア学会雑誌から報告された、「National Clinical Databaseにおける鼠径部ヘルニア手術~Annual Report2021~」では、109072例の鼠径部ヘルニア手術症例数が全施設で登録され、このうち35619例はヘルニア登録施設で手術が行われ詳細な情報で解析がなされています。先ほどの質問に対する答えとして、このレポートで報告された結果では鼠径ヘルニア30384例中、右側が14534例(48%)、左側が11476例(38%)、両側が4374例(14%)と右側が多いことがわかります。また初発の鼠径ヘルニア分類ではL2(外鼠径ヘルニアのうち大きさで分類した1~3のうちの2)が41%と最も多いことがわかります。
このような最新の統計は、一般社団法人NCD(National Clinical Database)により2011年から症例登録が開始されました。また、2018年には鼠径ヘルニア手術のデータベースも抽出可能となり、さらに2021年5月からは鼠径ヘルニアのタイプや術式などの詳細な登録が開始されました。その報告を見ることで実際に治療された鼠径ヘルニアの詳細を調べることができます。また内視鏡外科学科でも同様に治療のアンケート結果があり、再発率などの情報を調べることができます。
当院もNCDによる症例登録データベース事業に参加しております。本事業は、日本全国の手術・治療に関する情報登録を行い、医療の質の向上と、適切な医療水準の維持に寄与することで、皆様に最善の治療を提供することを目指す取り組みです。こちらは患者様の自由な意志に基づくものですので、情報提供の拒否も可能です。ご不明点があればお問い合わせください。(リンクはこちら)
「対側の発生率はおおよそ1〜2割です。対側の症状のない方へ予防的な手術は一般的に勧められていません。」
先ほどの日本のデータベースには対側発生の項目は入っていませんので、そのような場合は、海外からの報告をもとに発生率を検討する必要があります。
2024年の海外メタ解析(Surgical Endoscopy誌(Vissers S et.al Surg Endosc. 2024 Sep;38(9):4831-4838.)からは「Incidence of contralateral metachronous inguinal hernia on long term follow-up after unilateral inguinal hernia repair: a systematic review and meta-analysis」)によると、対側発生率は3年後5.2%、5年後8.0%、10年後17.1%。当院では術前に腹臥位CTも行い、対側の状態を確認して診療しています。
また、2024年にHernia 誌(Yu H et.al Hernia 2024(5):1925-1934 )からは「Preoperative CT findings predict the development of metachronous contralateral inguinal hernia after unilateral inguinal hernia repair: a single-center retrospective cohort study」という報告がされています。
片側鼠径ヘルニア手術を受けた40歳以上の男性患者677人に5年以上の追跡を行った結果、162人が対側発生を認めその割合は23.9%でありました。前立腺術後や腹膜透析、原発性左側鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニア、大腿ヘルニア、パンタロンヘルニア(内鼠径ヘルニアと外鼠径ヘルニアの併存)といった臨床的特徴に加えて、術前CTでの精索脂肪の非対称性と横筋筋膜の脆弱性は対側発生の予測因子であったとされています。この結果は術前のCTも今後予測因子として検討できるとことが示唆されます。
これらの結果より、対側発生の可能性はおおよそ1-2割とお話しています。当院では術前の腹臥位CTも行っているため対側の診断も併せてお伝えしています。腹臥位CTについてはこちらを参考にしてください。
「ほとんどの方は日帰り手術で問題ありません。ただし、日帰り手術が不安な方は当院では入院も対応できますのでご相談ください。」
2024年の鼠径ヘルニア診療ガイドラインではCQ11-1では重篤な基礎疾患を持つ鼠径部ヘルニア患者に対して、日帰り手術は推奨されるのか?に対して、「重篤な基礎疾患を持つ鼠径部ヘルニア患者に対し、ルーチンで日帰り手術を推奨するだけの十分な科学的根拠はない。適切な医療提供体制が整った環境で実施することが望ましい。」とされています。
重篤な基礎疾患がある方に対してのガイドラインの答えはそのとおりと感じます。では、一般的な患者さんに対しての安全性に対する答えはどのように導けばいいのでしょうか?2022年には鼠経ヘルニア手術のうち日帰り手術が占める割合が6.9%と言われています。日帰り手術が増えてきていますがまだ1割以下という現状です。また薬の試験のように、日帰り手術と入院手術をランダムに前向き研究することは難しく、結果を振り返っていくことで安全性を評価していくこととなります。しかし実際には、日帰り手術を受けたい患者さんと入院を受けたい患者さんでは背景因子も大きく異なります。また不安だから入院したいという不確実な因子もおそらく影響してきます。そのため、このような内容に対しての返答には実際に日帰り手術を行っている経験も必要となります。自身の経験からお話できることもありますし、見学や学会で日帰り手術を多くしている先生からの体験談なども参考になります。
当院での鼠径ヘルニアの日帰り手術に関して次のように取り組みを紹介しています。(リンクはこちら)
鼠径ヘルニアの日帰り手術は「ほとんどの方に対して大丈夫」ですが、痛みや術後の吐き気など予想できない因子も必ずあります。そのため、当院では日帰り/入院どちらも対応できるようにしています。日帰り手術のつもりだけど術後にやっぱり入院に変更したいということにも対応しております。痛みや吐き気は多くの場合1日たつとかなり楽になりますので、その期間を病院で過ごしていただくことで不安も軽減できると思います。
当院では、消化器外科手術の経験を多く積んだ外科医が麻酔科医とともに手術を安全に取り組んでいます。日帰り手術も短期入院手術にも対応が可能です。最新のガイドラインに基づいて治療を行います。鼠径ヘルニアの手術ってどういうもの?という方も是非ご相談ください。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学
公開日:2024年11月8日 更新日:2025年7月8日