手術に関するさまざまなトピックを定期的にお届けしたいと思います。今回は「腹腔鏡手術後に生じることがある肩の痛み」について解説します。
腹腔鏡下胆のう摘出術や婦人科領域の腹腔鏡手術では、術後に肩の痛みを訴える患者さんが少なくありません。「お腹にしか傷がないのに、なぜ肩が痛むのか?」と不思議に思われる方も多いでしょう。
この現象にはいくつかのメカニズムが考えられています。手術中、お腹を膨らませるために使用する二酸化炭素ガスによるアシドーシスが横隔膜や横隔神経を刺激し、これが肩の痛みとして感じられることが一因とされています。また、気腹による腹膜や横隔膜の伸展が関与しているとの報告もあります。
通常は治療介入を必要としない軽度の痛みであることが多いですが、手術部位とは離れた場所に痛みが出るため、不安を覚える患者さんもいらっしゃいます。
次に、腹腔鏡手術で使用するガスについて触れておきましょう。腹腔鏡手術では、操作スペースを確保するためにお腹の中にガスを送り込みます。この際に使用する気体には以下の条件が求められます。
たとえば酸素は引火性があり、他の気体では吸収が遅い場合に空気塞栓(血管内に気泡が入って肺の血管を塞ぐリスク)を引き起こす可能性があります。大量のガスを使用するためコスト面も重要です。これらの理由から、腹腔鏡手術では二酸化炭素が標準的に使われています。消化器内視鏡検査で腸を膨らませる際にも同様に二酸化炭素が用いられています。
気腹時の圧力設定も重要なポイントです。一般的に:
気腹圧が高いほど腹腔内のスペースは広がり、操作性は良くなります。しかし一方で、皮下気腫(皮膚の下にガスが入り込む)、空気塞栓、門脈血流の低下といったリスクが増加することが知られています。また、横隔膜の過伸展が肩の痛みを引き起こす可能性も指摘されています。
2020年の Surgical Endoscopy(Surg Endosc 34(7):2878-2890, 2020)では、「The impact of intra-abdominal pressure on perioperative outcomes in laparoscopic cholecystectomy: a systematic review and network meta-analysis of randomized controlled trials」が発表されました。22本の研究(計2,909名)を対象にシステマティックレビューが行われ、低圧気腹群は標準圧群より肩の痛みを含む術後疼痛や入院期間が減少したと報告されています。
さらに2022年の同誌(Surg Endosc 36(10):7092-7113, 2022)では、「Low-pressure versus standard-pressure pneumoperitoneum in laparoscopic cholecystectomy: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials」が発表されました。このレビューでは44のランダム化比較試験を解析し、入院期間や合併症に差はなかったものの、術後疼痛および鎮痛薬の使用量が低圧気腹で有意に少なかったと結論づけられています。肩痛に関しても、12の研究の統合解析で低圧群において発生率が有意に低かったことが示されました(1,032人、RR 0.48, 95% CI 0.39–0.60)。
私自身の感覚としても、腹腔鏡手術が普及し始めた頃は12–15mmHg程度の気腹圧が一般的でしたが、近年では8–10mmHgで行われるケースが増えている印象です。特に胆のう摘出術や鼠径ヘルニアなど操作スペースの確保が比較的容易な場合、当院でもこの低圧で施行しています。
もう1つの注目点は「術後に腹腔内に残るガス」です。経験的にも、術後数日でCT検査を行うと横隔膜下にガスが残存していることがよくあります。この遺残ガスが横隔膜を伸展させ、肩痛の原因となる可能性があります。
これを防ぐためにドレーンを留置する方法もありますが、低侵襲手術では侵襲を増やすため一般的ではありません。代替策として、手術終了前に人工呼吸で肺を膨らませ、横隔膜を押し下げてガスを追い出す方法(Pulmonary Recruitment Maneuver: PRM)が報告されています。
2021年 World Journal of Surgery(World J Surg 45(12):3575-3583, 2021)のランダム化比較試験では、PRM群が従来群に比べて術後の肩痛や吐き気が軽減したと報告されました。また2023年の Surgical Endoscopy(Surg Endosc 37(11):8473-8482, 2023)でも、PRM群が肩痛の発生率を有意に減少させたとする結果が示されています。
術後の疼痛や嘔気を軽減するため、多くの研究が進められています。当院でも最新の知見を麻酔科と共有し、患者さんがより快適に手術を受けられる環境作りに努めています。
※西宮敬愛会病院COKU鼠径ヘルニアセンターでは、鼠径ヘルニア(脱腸)や胆のう疾患に対して傷の小さな腹腔鏡手術を積極的に行っています。鼠径ヘルニア手術では日帰りや短期入院にも対応しています。土曜日も診療・手術を実施しております。足の付け根のしこりや膨らみが気になる方はご相談ください。紹介状不要で受診いただけます。ホームページはこちらです。
文責/医療監修 西宮敬愛会病院 低侵襲治療部門 消化器外科部長 三賀森 学