鼠径ヘルニアとは、足の付け根にあるお腹の壁のすき間から、腸などの内臓が皮膚の下にはみ出してしまう病気で、「脱腸」とも呼ばれます。年齢を重ねるにつれて発症しやすくなる一方、小さな子どもから高齢者まで、幅広い世代でみられるのも特徴のひとつです。同じ「鼠径ヘルニア」という病名でも、年齢や性別によって起こりやすい体の部位や原因は異なります。この記事では、年代ごとの発症の特徴をわかりやすく解説していきます。
鼠径ヘルニア(脱腸)は、多くの人が経験する可能性のある身近な病気です。
統計では、一生のうちにこの病気になる割合は男性が約27%、女性が約3%と報告されています。特に男性はおよそ3人に1人が、生涯で一度は経験するといわれるほど頻度の高い病気といえます。日本では毎年14万人から15万人ほどが手術を受けており、外科手術の中でも件数の多い手術のひとつです。年齢を重ねるとともに増える傾向があり、特に60代から80代で手術を受ける人が目立ちます。このように男女で発症率に大きな差があるのも、鼠径ヘルニアの特徴のひとつです。
鼠径ヘルニアは男性に多い病気として知られており、実際に手術を受ける人の約85%が男性というデータがあります。これには体の構造が大きく関係しているのです。男性は赤ちゃんとしてお腹の中にいる時期に、精巣がお腹から袋の方へと移動します。その際に通る道を鼠径管といいます。この道があるために、男性の鼠径部は女性に比べて構造的に弱くなりやすい特徴があります。本来は閉じるはずの道が閉じきらなかったり、加齢で筋肉が弱くなったりすることで、お腹の臓器が出やすくなります。このように精巣が移動するという男性特有の体の仕組みが、発症率の高さにつながっているのです。
鼠径ヘルニアの手術は、国内で年間約15万件おこなわれている身近な外科手術です。年齢別の分布をみると、40代から徐々に増加し始め、70代でピークを迎えるという特徴があります。統計データでは、40代〜70代が鼠径ヘルニア手術件数の約70%を占めています。ここでは、鼠径ヘルニアが発症しやすい年代について解説しましょう。
乳幼児期の鼠径ヘルニアは、生まれつきの構造に原因がある外鼠径ヘルニアがほとんどです。お腹の中にいる赤ちゃんは、成長の過程で精巣や卵巣が本来あるべき場所へと移動していきます。この移動にともなって、お腹の臓器を包んでいる腹膜という膜が、袋状に伸びて通り道が作られます。通常、この通り道は役目を終えると生まれるまでに自然に閉じますが、閉じないまま残ることがあるのです。すると、泣いたり踏ん張ったりしてお腹に力がかかった際に、そのすき間に腸などが入り込んで膨らみが生じます。鼠径ヘルニアは小児外科で扱う手術の中でも、非常に多く見られる病気のひとつです。
40代以降に発症が増える主な理由は、加齢によってお腹の壁を支える筋肉の膜が弱くなることや、長年の生活習慣によって腹圧が慢性的に高くなることが挙げられます。この年代では外鼠径・内鼠径ヘルニアのどちらも起こりやすくなります。手術件数が70代でピークに達するのは、筋力の低下が進むことや長年の負荷が積み重なることが背景です。なお、現代では医療技術が整っており、75歳以上の高齢であっても体への負担を考慮した手術を受けられます。
外鼠径ヘルニアの場合は上記の理由に加えて、お腹の膜が袋状に伸びてできた通り道が閉じきらずに残っていることも要因のひとつです。外鼠径ヘルニアは乳幼児期からみられ、20代から40代の比較的若い男性にも起こることがあります。

鼠径ヘルニアはどの部分に発症するかによって、以下の3種類に分類されています。
これらは、性別や年齢によって発症しやすさが異なるのが特徴です。それぞれの鼠径ヘルニアについて、発症原因や特徴などを解説しましょう。
外鼠径ヘルニアは、乳幼児から高齢者まで幅広い年齢層で見られますが、特に子どもの鼠径ヘルニアの多くはこのタイプに分類されます。体の構造上の理由から、女性よりも男性に多く発症しやすいという特徴があります。
子どもの場合の原因は、お腹の膜が袋状に伸びてできた通り道が、生まれつき閉じずに残ってしまうことです。赤ちゃんがお腹の中で成長する過程において、男児は精巣がお腹から陰嚢(いんのう)へ移動する通り道「腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき)」が残ることで発症します。女児も同じように、外陰部に向かって伸びてできた通り道「ヌック管(ヌックかん)」が残ることで起こります。
成人の場合の原因は、加齢や生活習慣によって鼠径部(足の付け根)に負担がかかることです。子どもの頃に一度閉じた通り道は、加齢にともないゆるくなります。重いものを持つ・便秘・咳などにより腹圧がかかることがきっかけとなり、閉じていた通り道が再び広がることで内臓が入り込み、発症することがあります。
内鼠径ヘルニアは、中高年の男性に多く認められるタイプになります。主な原因は、加齢によって鼠径部(足の付け根)のお腹の壁を構成する筋肉や筋膜が弱くなることです。外鼠径ヘルニアが特定の通り道から出てくるのに対し、このタイプは弱くなったお腹の壁を直接押し広げるようにして腸の一部が出てきます。重いものを持つ仕事やスポーツ、慢性的な便秘や咳など、日常的にお腹に圧力がかかる習慣が、弱くなったお腹の壁に負担をかけることで発症のきっかけとなります。
大腿ヘルニアは、50歳以上の女性、特に痩せ型で出産回数の多い人に注意が必要なタイプです。足の付け根にある鼠径靱帯のすぐ下側に膨らみが現れるのが特徴で、自分では気づきにくい小さな膨らみであることも少なくありません。
このタイプは、ほかの鼠径ヘルニアと比べて、出てきた腸がお腹の中に戻らなくなる嵌頓(かんとん)という状態になりやすい性質があります。嵌頓が起きると腸閉塞や腸の壊死を招くことがあり、状態によっては緊急手術がおこなわれる場合があります。そのため、膨らみが小さく症状が軽い段階であっても早めに受診し、計画的な手術を検討することが大切です。
鼠径ヘルニアは、年齢や性別のほかに、日常の習慣や体調が発症に大きく影響します。なかでも、お腹の内側から繰り返し強い力がかかる「腹圧」が高い状態が続くことは、発症を促す主な要因です。具体的には、重い荷物を日常的に持ち上げるような重労働や、長時間の立ち仕事などが挙げられます。また、慢性的な咳や、便秘による強いいきみも、お腹に継続的な負担をかけ、筋肉のすき間から腸などが押し出されるきっかけとなります。さらに、肥満もお腹の壁に負担をかけ、腹圧を高める原因のひとつです。こうした要因が重なることで、発症のリスクが高まると考えられています。

鼠径ヘルニアは、性別や年代を問わず起こりうる身近な病気です。年齢や性別による違い、日々の過ごし方、治療のことなど、知りたい点はいくつもあります。ここでは、そうした疑問を質問形式でひとつずつ見ていきましょう。
鼠径ヘルニアは、乳幼児から高齢者まで幅広い年代で見られる病気です。発症のピークは大きく分けて二つあります。ひとつは、お腹の壁の組織が発達途中の0歳から5歳頃までの乳幼児期です。もうひとつは、筋肉などの組織が弱くなり始める40代以降で、特に70代で多く見られます。実際の統計データにおいても、40代から70代の患者さんが全体の約70パーセントを占めているという結果が出ています。働き盛りの世代からシニア世代にかけて、誰にでも起こりうる病気であることを理解しておきましょう。
鼠径ヘルニアは中高年男性だけの病気ではなく、若い世代や女性にも起こります。10代後半から20代の男性では、子どもの頃と同じように、お腹の壁の通り道が閉じずに残っていることが原因で起こる外鼠径ヘルニアが多く見られます。一方、女性の場合は足の付け根の管に腸が入り込む大腿ヘルニアの発症率が男性より高いことが特徴です。また、女性特有の病気として、本来閉じるはずの管に水が溜まる「ヌック管水腫」という、鼠径ヘルニアとよく似た膨らみが生じるケースもあります。年齢や性別に関わらず、足の付け根の膨らみには注意が必要です。
鼠径ヘルニアを防ぐための確立された予防法は、現在のところありません。しかし、日常生活のなかでお腹に強い力がかかりすぎないよう工夫をすることで、発症のリスクを抑えられる可能性があります。鼠径ヘルニアは、加齢による組織の変化に加えて、お腹に力がかかる動作がきっかけとなることが多いためです。具体的には、バランスの良い食事で適正な体重を保つことや、便秘を改善してトイレで強くいきむ習慣を避けることが大切です。また、重い荷物を日常的に持ち上げる重労働を見直し、お腹に強い力がかからない生活習慣を心がけましょう。日々の健康管理が、結果として発症リスクの低減につながります。
高齢の方でも鼠径ヘルニアの手術は受けられます。ただし、手術前に心臓や肺などの状態を確認する検査をおこない、問題がないことを確かめたうえで実施します。鼠径ヘルニアは自然に治ることはなく、放置すると歩行のしにくさなど日常生活に影響が及ぶことがあるため、早めの治療が大切です。 最近は体に負担の少ない腹腔鏡手術が普及しており、高齢の患者さんにも日帰り手術で対応しているケースがあります。この方法は傷口が小さいため回復が早く、入院期間を短く抑えられるのが特徴です。日常生活の質を維持するためにも、まずは医師に相談し、自分に適した治療方法を検討しましょう。
鼠径ヘルニアは、乳幼児期と40代から70代の中高年、なかでも70代前後に発症のピークがあります。体のつくりの違いから女性より男性に多くみられる病気です。年齢や性別によって出やすいタイプも異なり、なかには腸が挟まりやすい嵌頓(かんとん)を起こすタイプもあります。鼠径ヘルニアは自然に良くなるものではないため、早めに対処することが大切です。現在は体への負担を抑えた治療も選べるため、高齢の方でも状態に合わせて手術を受けられます。足の付け根に膨らみや違和感を覚えたら、年齢を問わず一度当院へご相談ください。